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2005年7月30日 (土)

インターネットと仕事場所

アメリカから出張で戻り、すぐ自分の担当ではない部署の通訳仕事でへろへろです。ただ、おかげで時差ぼけが殆どないのはありがたい。いつもアメリカ出張は出張先でも帰国後も時差でしばらく立ち直れないことが多いので。それにしてもヴァージニアとテキサスにいたのですが暑かったですねえ。40度超えてたんじゃないかな。

それにしてもつくづく思うのは、高速ネット接続ができることで、仕事場所の概念がなくなってきていることです。資料にしてもHDDに入れておけば良いし、移動の時間を考えれば特に営業職の人は、自宅でぎりぎりまで仕事して、そのまま客に行ってまた戻るというのが実は一番無駄が無い方法だったりします。海外出張にしても、GPS携帯を持っている今では、別に日本の自宅で仕事するのとさして変わらない環境ですね。寧ろ時差があって邪魔が入らない分集中できるかも。

現在のデジタル化の利点は、「一度に大量の情報を劣化することなく複数で共有できる」ということですから、それを考えれば職場の意味合いが変わってくると思います。

であるからこそ、今まで以上にアナログの「場」を意識する必要があると思っています。結局人間はお互い顔つき合わせてというのに安心感を覚えるものでしょう。稟議もオンライン、価格決裁や出張命令もオンライン、となれば、そこに「思い」を入れることは出来ません。その「思い」を共有するのはアナログの「場」であると考えています。

と言いながら中々会社に足が向かなくなっている今日この頃です。

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2005年7月25日 (月)

一瞬の光(白石一文)

今はアメリカへ向かう飛行機の中です。今回は一番後ろの席だわ、夜間ライトが故障しているわ、えらく揺れるわ、温度設定はえらく低いわ、口内炎は痛いわで堪ったものではありません。特に夜間用のライト故障は読書が出来ないというのは、長距離フライトを纏め読書の時間としている私にはとても大きな問題でして、周りが明るいうちにあわてて読んだ一冊で終わりです。

その一冊は、「一瞬の光」(白石一文)です。この本、去年読んでいたのですが、この出張のための本の纏め買いの時に気づかずに買ったものです。改めて読むと、まあ出来すぎのところはありますが、「無償の愛情」というものをそれなりにうまく書き出していると思います。対比としての社内抗争が主人公を無私の境地に導いているでしょう。実際には、更にどろどろした抗争に入っていくような気もしますが、まあそれは小説ということで。ただ、自分自身はこんなエリートでもないんで、社内抗争なんてのには無縁なだけに、「そんなもんかなあ?」とボーっと思うだけですね。

ただ、途中の性愛表現(特に後半)はちょっとくどいかな?エロ自体ははっきり言って大好きですが、このようなもう少し大きな意味での恋愛小説では、出来る限り性愛表現をなくしてもらいたいと実は考えています。あと、これも小説だから、というのはありますが、こういう小説に出てくる女性がいつも綺麗で才媛で床上手ってのはちょっと。

このような本を読むとやはり自分自身で愛情のことを考えるのですが、このような無償の愛情を掛けることが出来る一番身近な存在はやはり家族では。この本の途中で「俺は女房も子供も愛することが出来なかった」といって妾に甘えた末に自殺する男が出てきます。人間が掛けられる愛情の範囲はもしかすると決まっているのかも知れません。自分は家族を本当に無償に愛しているのか?これからも今以上に出来るのか?今までの色々な自分に降りかかったことを考えると、このことを考えるのは無駄ではないようです。

最後の方での香折への独白に近い問いかけは、言うことを聞かない子供への親の問いかけにもなるでしょうし、老いた親への慰めにもなるんでしょう。

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2005年7月22日 (金)

記者の質問

以前、鉄道事故の時の記者の態度について、頭に来たことを書きました。それに関連して、今日石原慎太郎との定例会見(の一部)がテレビで流れていました。

やっぱり日本の記者は駄目です。全く腰が引けているし、なんか萎縮しながらの質問が見え見え。小泉首相のぶら下がり会見でもそうですが、まああれこそ談合のような質疑応答ですねえ。怒らせるような質問は出来ないんでしょうか?

今回、アメリカのカールローブ問題で、報道官を右往左往させる質問もあったようです。そんな質問が出来るような、本当の権力に戦いを挑める人はいないのか?

この日曜からそのアメリカへ出張です。

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2005年7月19日 (火)

故郷とは

題名にもあるように私は岡山市に生まれ、18年間岡山市の東側で育ちました。新幹線に乗ったのは小学校の京都・奈良への修学旅行、飛行機などは全く縁は無く、岡山市の中心に出て行くようになったのは、県立高校に通いだしてからで、「岡山の中心にあるものは全部岡山で出来たもの」と信じていました。大体、岡山弁なるものが標準語とそれほど違わないと思っていましたから相当な田舎者です。ですが、その田舎を否定的に考えたことが殆どありません。今でこそ岡山を離れてからの方が長く、実家に帰っても客人のような気分ですが、それでも「岡山」という単語を見ると何だか気になります。

故郷というのはどういうものでしょうか。はっきり言って生まれ育った所という以上の意味合いがない故郷に思いを持つのは理由の無いものなのでしょうか。理由が無いからこそ強い思いが出ることもあるのでしょう。例えば贔屓のチームについて考えると、「気付いたらファンだった」というもののファン心理の強さは半端ではないでしょう。それは、何か理由があってファンになれば、その理由が無くなればそのファン心理は弱くなると思いますから。その点で、Jリーグの地域密着というのは、継続的なファンを作るという意味では正しいことだと思います。

それはそれとして、岡山で同窓会をしたとき、地元に残っている同窓生の多いこと多いこと。恐らく地方都市では当たり前のことだとは思いますが、そのことにどこかでうらやましさを感じる自分と、そうなったら恐らく少し物足りなくなるだろう自分がいます。

私の親父は私にとても期待をしていて、今でも海外に住んだり、英語で話したりする我が子を非常に誇らしく思っているようです。それは、どうも色々と苦労を重ねて(はっきりと聞いていませんが)思い叶わなかった自分の少年時代を思ってのことかもしれません。その親父や、ある意味その親父をうまく助けているお袋などがいるところがそのまま生まれ故郷だというのは、非常に恵まれているのでしょう。

県財政としての岡山は酷いもんですが、住むところとしての岡山は本当に良い所です。そりゃこの前行った沖縄のような強い個性は無いでしょうが、少なくとも私が育った岡山市は、そこに生まれ住み続ける人が多いということが、何より良い所の証明では、と思います。そして、正直グローバルだとかとは無縁に、でもその地方都市で一生懸命生活している親父や私の同級生は本当にすごい、と思います。

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2005年7月18日 (月)

私の宝物

Leverkusenねたですが、私の宝物です。

RIMG0003

既に引退した元ドイツ代表FWのPaulo Rinkと今でもバリバリブラジル代表のEmersonのサインです。これ、子供と一緒にBayarenaのクラブルームのサイン会に会社をサボって行って来た時のものです。

それにしても当時は本当に仕事をしてなかったことがバレバレです。

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2005年7月 8日 (金)

欧州出張帰り

うーん、ロンドンのテロとはびっくりです。二日違っただけだから。

今回の出張はドイツとイギリスでしたが、なんと天気に恵まれなかったことか。移動日に晴れやがってという繰り返し。

20057_003 曇天のミュンヘン市庁舎(日付間違えてやんの)

食い物はというと、実はミュンヘン空港のパスタ(昔のターミナルの方)が好きだったので行ってみました。

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あれえ、こんなに塩辛かったっけ?という味でちょっとがっかり。ただ、欧州の国際空港でパスタがあったら(レストラン形式のところが原則)食べてみることをお勧めします。イタリアはもとより、アテネ・ジュネーブ・フランクフルトなどはおいしかったと思います。

で、久々の大英帝国も雨模様でした。

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ピカデリー通りの曇天

為替の影響でしょうか、物価が高い!スタバでコーヒーとマフィンで1000円近くになります。それならいっそいいところで、と最終日にボンベイブラッセリという高級インド料理へ。

20057_029 印度カレー詰め合わせ

酒の飲めない私はこれにマンゴジュースで食べましたが、38ポンド。約8000円という高級カレーでしたねえ。

この二日後まさかテロになろうとは....。

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2005年7月 2日 (土)

ドイツ到着

今ドイツです。欧州便などの長距離便は読書には格好の時間で、大体往復で7-8冊の本が読めます。

今回は榊原英資の「市場原理主義の終焉」を読んでいましたが、テレビでの印象とは少し違い、ある程度首肯できるところが多い内容でした。特に、いかに日本の政策がアメリカに偏り、そのアメリカが必ずしも世界の中で普遍的な価値を持っているわけではないという点についての説明は、「そうだよな」と納得。面白かったのは、「経営者に対し、『会社の利益を会社の目標とするか』という質問をすると、特にフランスの経営者は、『利益などというはしたない物を目標にはしない』という回答が70%程度ある」というくだり。金がはしたないなら経営者にならなきゃいいのに、ということも言いたくなりますが、何か皮肉屋のフランス人という感じで、一人ほくそ笑んでしまいました。ドイツの経営者もそこまでではないにしても、やはり利益追求というものには多少の後ろめたさを感じている(かのように振舞っている)ようです。もっともこの内容は今から10年前ですから、今では多少違うかもしれませんが、それでもドイツなどでは、従業員規模の大きな会社が今でも社会的には評価されるようです(それだけ社会に対しての雇用機会を創出しているという点で)。

ドイツは中小企業が非常に多い国だと思いますが、その中小企業の経営者が良く強調するのが、「俺はこの小さな町の何人を雇っているんだ。その家族まで含めるとどれだけこの町に貢献しているかわかるだろう」というようなことです。結構そういう親父は好きでしたね。

あとは鴨志田穣(カモちゃん)の煮えエッセイ。まあ本当に書かれたような生活をしていりゃ普通は結婚もできんだろうなあ、と普通の人間である当方は思います。それにしてもヘロインジャンキーなんかになったり、オカマと一戦交えたりと、まあ忙しい人生であることですな。元奥さんも大概な人だから、毎日ジュラシックパークみたいなもんでしょう。

今日は天気が良さそうです。

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