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2005年10月30日 (日)

言葉を疑う

最近気になっているのは、世の中に流布している言葉が検証もなく使われることですね。ちょっと例を挙げてみます。

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①「戦後平和を60年守ってきて、戦争を起さなかった日本」

本当にそうでしょうか?日本が自分の意思で戦争を起さず、平和を守ってきたのではなく、「戦争を起こす状況になく、憲法の縛りから起こすこともできなかった」という方が正解ではないのでしょうか?結果として戦争を起こさずに済むような機能を果たしたのであれば、それが消極的な対応であったとしても、日本国憲法第九条というものに対する評価は必要でしょう。

②「日本は経済は一流だが政治は三流」

この文章は90年代初頭のバブル期には良く聞かれました。今は前半の部分に同意する人は少ないでしょうが、後半について突っ込めば、「じゃあ政治が一流な国というのはどこなの?」ということになろうと思います。アメリカ合衆国が一流なのか?ドイツなのかフランスなのか?なぜホンジュラスやケニヤを検討しないのか?別に今の政府が一流だということは全く思っていないので誤解されそうですが、要は「政治っていうのは常に現在形では評価されず、後世が判断する」ということかも知れません。ちなみに、この文章の最初で、日本の経済優位性を否定するようなことを書いていますが、それとても検討は必要です。今、食うに困るほど貧困を抱えている人の割合は、全世界では低いと思われる我が国の経済力は本当に三流なのか?じゃあ一流と三流は何が違うのか?「外交下手」などという言葉も再度検証する必要がありますな。

③「もう一流大学から大企業への成功は崩れた」

本当でしょうか?前も書きましたが、やはり確率の問題を避けては通れないのではないでしょうか?そりゃ失敗する個人・企業は数多あります。ただ、じゃあ倒産は中小企業より大企業が多いのか?一流大学と呼ばれるのはやはりある能力に長けた人が多いからではないのか?冷静に考えてみたいですな。ただ、現象があることとその現象が正しいことは別物であることは忘れてはいけないですね。

④「日本の少子化は大問題」

大問題である部分はあると思います。思いますが、じゃあ世界の人口爆発を問題視することとの整合性はどうすれば良いのでしょうか。「いやいや、世界の人口の1/3は中国とインドだし、日本はたかだか1/60以下でしょ。日本の問題は世界では問題じゃない」というのは数字では正しいですが、では、「だからうちの国は人口増やすんでお宅は減らしてね」などと言えるのか?

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これは正直自問自答でして、答えがあるわけではないのですが、こういうことを少しずつ自分の頭で考えて行く必要があるでしょう。今では、検索機能をうまく使えば、ある程度の数字などの情報が瞬時に手に入ります。問題はそこから先、「で、どうするの?」という所です。ちなみに上の②で書いた、「貧困層が少ないだろう日本」というのも、OECD24カ国の平均を見るとまた違った結果になります。

単純化された議論にだまされないようにしたいと、最近の政治を見て思います。

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2005年10月29日 (土)

本バトンってか?

出張から帰国しました。今回は短い(6日間)の出張ですが、相変わらずの時差ぼけです。で、長距離出張ではやたら本を読みます。最近本を読む量が減っていましたが、今回のの米国出張でまた纏めて読書しました。

私はあまり繰り返して同じ本を読むことをしない乱読派なのですが、それでもその中の何冊かの本は読み返しています。去年辺りに読んだ読み返し候補も含めて、反芻してみました(要は「私の好きな本・ミュージカルバトン変形」ってことだな)。ちなみにこの文章は飛行機の上で打ったもの。便利になったなあ、を実感します。

①砂のクロニクル(船戸与一)
船戸与一の本はかなり読みましたが、その中でもこの本は彼の傑作だと思っています。彼の著作を通した視点は、「弱者の存在証明」ということでしょうが、この本は世界の中での弱者たちの二重構造(中東であったり当時のソ連内の地方であったり)を照らし出した上でのドラマを描いた作品として、非常に迫力があります。ですから、登場する二人の日本人はあくまで脇役だと考えています。
ただ、この中での日本人二人の出会いは要らなかったんじゃないかなあ。ちょっと情緒に流れた嫌いを感じますなあ。
②チェゲバラ伝(三好徹)
私のゲバラ像はこの本が作っています。まだ「モーターサイクルダイアリー」も見てないしなあ。コスモポリタン的行動者だった彼も、アルゼンチン市民章を持ち続けていたという逸話は、故郷から離れた私にも響くものがあります(あまりのレベルの違いは置いておいて)。無条件に、「おめえ、かっこよすぎるよ」ってもんですね。北斗の拳での「アイン」みたいなものでしょうか←どういう喩えじゃ。
③空白の天気図(柳田邦男)
大学時代はノンフィクションばかり読んでいて、小説と言うものを殆ど読んでいませんでした。丁度大韓航空機撃墜の本が売れていたこともあり、ノンフィクションでの柳田邦男は当時のMust Itemとしてそれなりに読みましたが、この本が一番好きですね。原爆投下後の気象庁の動きを書いた生々しい記録として、「マリコ」と対をなす本かもしれません。
④奇跡の人(真保裕一)
これ、台湾で再放送していたドラマ版をチラッと見てから山崎まさよしを聞き始め、そのあと小説を読んだという変な順番でたどり着いた本です(実はドラマ版の結末は知りません)。掲示板などでは、真保裕一の著作の中での評価は決して高くないようですが、私は好きですねえ。ラストの火事に対する小説の最初との必然性を見つけたときは自分で一人「なるほど」と納得していました。ちなみにこの本を読む前とあとでは、山崎まさよしの「僕はここにいる」という曲の歌詞解釈が全く変わりましたね。
⑤日の名残り(カズオ・イシグロ)
何というか、私がドイツに住んでいたころ良く出張で行ったイギリスの田園風景(陳腐な表現だなあ)が眼前に広がる静かな小説です。前も書きましたが、あんまりエロ付きの恋愛小説は好きじゃないんですね。それならフランス書院の本でも読んどきゃいいわけで(これはこれで有りの世界)、この本は、ものすごいドラマもなく、静かに淡々と心情を描くことに徹して生まれた、届きそうで届かない、でもその届かないことで完結している切ない恋愛小説でしょう。音楽でも小説でも、「切なさ」「哀愁」というものに引かれます。
⑥博士の愛した数式(小川洋子)
今、故郷岡山から売れっ子の小説家が二人出ていて、そのうちの一人が小川洋子です。あと一人は岩井志麻子ですが、まあ同じ年代でこれほど違う手法の人がいるのも面白いですねえ。生まれだけなら重松清もそうですが、彼自身も言っているように「単に出産が岡山だっただけ」らしいので除外。
で、この本ですが、これも静かな小説ですね。そこはかとない切なさと美しさが感じられる小説ですが、大きな意味で愛情小説(なんてのあるかどうかは知らない)ですねえ。今度映画化されるようですが、寺尾聡もいつの間にかはまり役を持つ俳優になっちゃったなあ。ルビーの指輪はどこに行ったんだろう?
⑦Future is wild(イギリスの誰か教授っていうのがわからん)
去年から今年に掛けて、地球進化や動物物の本やDVDをいくつか見ましたが、そのきっかけがこの本です。小学生の頃、「世界怪奇生物全集」のようなものを見たことがある人は結構いると思いますが、その頃の何ともいえないわくわく感がこの本にはあります。空飛ぶ魚や歩くイカなど、「なんでえ、結局将来はイカが地球を支配するんかい」という脱力感と共に楽しめますな。ちなみに、この後NHKの「地球大進化」というDVDを見て、この本の基本コンセプトが良く分かりました。
⑧へんないきもの(誰か忘れたんで帰国して確認したら早川いくお)
ある意味サブカル系ともいえる本かもしれません。この本の勝因(誰が決めたんだ、勝ったって)は、全てが実在の動物であるにもかかわらず、実物の写真ではなくイラストにして「へんないきもの」を紹介したことではないかと思います。これが写真だったらとてもじゃないですが子供は見ることが出来ません。ネットで検索してヤツガクワヒルのお食事写真(ヒルがミミズを食っている)を見ましたが、完全なR指定のかなり香ばしいものでしたね。こういう浮世離れした本は、違った意味で和めますな。
⑨昭和の三傑(堤堯)
今の9条がいかに戦略として出てきたものかを喝破した本です。憲法改正論者も、今までの平和憲法がいかに戦後の日本を守り、発展させてきたかきちんと評価することは忘れないで欲しいと思います。この本の隠し味は、筆者の鳩山嫌いですな。

でもこうやって本を挙げていっているにも、直ぐ「ブックバトン」とかいって出てきたりして。

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2005年10月26日 (水)

New York出張

今年の7月以来のアメリカ出張です。今回は久々にNYに泊まりました。が、雨です、雨です、雨でした。RIMG0006                                              

町はハロウィーン準備で華やかですが(泊まったWhite Plainsのホテル前)、

雨は降るわ風は吹くわで外にも出ることが出来ず、RIMG0014

49度華氏っていうのは10度摂氏位か?人の観光の邪魔をするんじゃない(観光ではなく仕事ですが、時間があったんで)。

それにしても道具の進歩というのは恐ろしいもので、こうやってBlogの作成は出来るわ、会社とのやり取りも携帯とメールで出来るわ、飯食ってても容赦なく上司から叱責の連絡は入ってくるわ、一旦寝たらまた部下から確認の電話は入るわ、もうお腹一杯です。

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2005年10月24日 (月)

Jリーグ雑感(審判についても)

この土曜日に、鹿島対名古屋・東京V対FC東京・新潟対横浜・清水対磐田という四試合をチャンネル変えながらちょろちょろ見ていました。我が家には追っかけ録画が出来るDVDレコーダーなどと言う良い物は無いのでまあしょうがないです。

(それにしても、ぶんか社のCMで言っている「デー・ブイ・デー」という発音はどうしたもんでしょう)

特にサポートするチームは無いのですが、強かったチーム・強いチームがどちらかと言えば負けた方が面白いと思っていて、FC東京が勝ったり新潟が勝ったりするのはOKですが、鹿島が勝つのはちょっと....。今の楽しみは、千葉がナビスコ杯で優勝でもして、苦虫かんだオシム監督がぶつぶつと、

「優勝という結果は有り得なかったものだ。サッカーとは不思議なもので、下手なチームが勝つこともあるのだ。巻のゴールも、ボールのところに頭が当たっただけのものだ」

などと相変わらず皮肉たっぷりな寸評をするのを聞くことですな(巻って限定してしまいましたが)。で、実はベンチ裏で子供のようにビービー泣いてたりして。

で、今回思ったのは、審判がかなりファウルを流すようになっていませんか?特に清水対磐田戦でそう感じましたが、以前の試合止めまくり・イエロー出しまくりの反省があったのでしょうか?個人的には、「えっ、これもファウルなし?」というものも有りましたが。

それにしてもマルキーニョスっていい選手ですね。東京V-横浜-市原と渡り歩いてますが、どのチームでもちゃんと結果を出して、何故か放出されてますね。横浜なんか今もし彼が居たら結構順位は変わっているかも知れません(山瀬と久保の完全復活が遅れているのが問題でしょうが)。

私としては、ナビスコでジェフが優勝・リーグでガンバが優勝・天皇杯でJ2のチームが優勝というごちゃまぜの結果が希望です。

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2005年10月22日 (土)

人見元基

とにもかくにも日本人最高のロックボーカリストでしょう。

初めて聞いたのが確かVow Wow 3で、「Shot in the dark」で完全にやられました。曲も最強、それを更に引き上げているのが元基のVoですね。「Hard rock night」でも、この曲はすごいですね。実際にライブもVow wowで三回行ってますが、何がすごいってライブでも調子が落ちないこと。「Love walks」をそのままやっちゃうわけですよ。ちなみにこの場合、セルフカバーの「Love lies」じゃ絶対に駄目です。同じ事で、「Rock me」はOKですが、「Rock me now」はNGです。

その後のセッションでも最強振りは変わらず、特にDeep purple トリビュートの中の「Burn」では、デーモン小暮が霞むってもんです。いや、デーモンは全然悪いVoじゃないんですが、相手が悪すぎます。最近幻のアルバムであったNoizの再発売CDを買いましたが、そのころ(多分東京外大の学生じゃないかな)から最強です。音楽的にはWhoに近いものですが、歌い回しは全くの元基節です。あとは未聴のNHK教育での「むしまる」シリーズを入手しなくては。

で、彼の生き方(今は千葉県の公立高校の英語教師)はある意味社会人の理想かもしれません。好きな分野は何ら気兼ねすることなくアマチュアの立場で凄腕を発揮し、本業の収入はちゃんと確保する(しかも安定した公務員)。こんな人生送れた日にゃあ私なんかはバチが当たる気がしますね。

でも、でもですよ、彼の才能をアマチュアにしておくのはあまりにも損失が大きいんじゃないでしょうか。ボーカルなんてはっきり言えば才能が殆どでしょ?どこか彼のソロを出させる会社は無いんですか?カバー集でも何でもいいから。

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2005年10月16日 (日)

楽器演奏と音楽

今日は寝違えて背中が痛いままバンドの練習でした。

今日は新しくメンバーになるかもしれないKeyの人が参加、リーダーのBの人が、「Keyが入ったほうがコピーする曲の選択が広がる」ということで探してくれていました。事前にKeyをどの曲に入れるかを聞いていたので、その他の曲の練習をサボったら見事にヘロヘロでした。練習は嘘をつきません。

とはいえ、

元々練習という練習はCDに合わせて一日一時間もやれば良いほうで、その時もバッキングは真面目に誤魔化すものの、ソロは決してコピーしない(いや、決して出来ない)ので、そんなに巧くなるはずも無く。ただ、ソロは最初バーっとアドリブで何種類か弾いてから自分なりにそれを元に組み立てる、というのが多いですかね。「Wishing Well」なんかは、ギターソロでもそれなりに情景を作ることは出来そうですが、本当のインプロバイザーになることは出来ないんだろうなあ。大体皆さんこんなもんですよね(誰だ、皆さんって)。

ここで考えたことがあります。

昔ZZ Topのビリーギボンスが、「とにかく早く弾きたい、巧く弾きたい」ということを言っていましたが、水準を別にすればすごくよく分かります。無限の表現力が欲しい、欲しい音を出す技術が欲しい、というのは、あくまで楽器を弾くという立場であれば常に思うことだと思います。

問題はそこから先、音楽を奏でるということにそれをどう結びつけるかという所です。どんなに難しい言葉を知っていても、John Lennonの「Imagine」のような歌詞は書けません。どんなに卓越した技術を持っていても、入魂のチョーキング一発には勝てないことがあります。じゃあ何も無くても良いか、と言われれば、バッハの曲を演奏するとき、それがへたっぴーじゃ話にならないわけです。

このあたりの感覚は音楽を生業にしている人はどうお考えか聞いてみたいですね。

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2005年10月12日 (水)

エリックジョンソン来日

ついに、ついに、ついに行ってきましたエリックジョンソン。初来日は諸般の事情で行けず、アコースティックは行く気にならず、北米出張の時もいつも狙っていて日程が合わなかったエリックジョンソン。会社の会議も嘘言って早抜けしてまでラブホテル街のど真ん中にある渋谷O-Eastに行ってきました(このブログ会社の後輩に紹介してるんだよなあ、まずいなあ)。

持っていた整理券が300番だったので、相当見えないのかな、と思っていましたが、実際にはハコが小さいのでもう手の動きなんかはばっちりです。で、ライブが始まり、

あ、あの音だあ~。え、えー、その音リアピックアップなの!?

とあんぐりとしてしまった私。恐らくエリックのストラト(多分シグネーチャーだと思います)はリアにもトーンが効くように結線しているはずですが、それにしても....。最初は「もしかしてフロントの音をリアポジションで出すようにしてるんじゃないかあ」と勘繰りましたが、その後の本当のフロントの音を聞いてしまったんで、それもなし。

曲はBloom・Ah Via Musicum・Tonesから適当に散らしてましたが、Venus Islesからの曲がSRVだけと、このアルバムが好きな私は少し淋しかったですね。まあ音作りが多少込み入ったアルバムなので再現性を優先したのかも知れません。

ただですね、神をも恐れぬ発言ですが、ちょっと弾き方が荒かった気がします。Trademarkで感じたその荒さが、Cliffs of Dover(ちなみにこの曲題だけは、邦題の「遥かなるドーヴァー」の方がかっこいい)のアドリブで出たのが残念でした。これがあくまで単なる調子の悪さであればいいのですが、まだ衰える年じゃないでしょう。特に昔のBottom line Live(1990年のもの)の「遥かなるドーヴァー」が余りに衝撃的なものだったので、なおさら感じたのかもしれません。

あとは、いつ見てもあのバッキングでよくボーカルが取れるなあ、ということ。彼のボーカルはちょっとブライアンアダムス調のハスキーさがあるとても好きなスタイルで、今回その部分には何ら不満は感じませんでした。

不満はありましたが、それでも「遥かなるドーヴァー」のメロディーが流れた時は、この曲を知っているという幸運を感じていたのは確かです。もう何回もこの曲については色々なところで賞賛されているのですが、これほど幸福感に満ちたメロディーを生で受けることができたのは何という幸運かと、本当に思います。ギタリストのインスト物っていうのは、大体えらく弾き捲るか、過剰に泣きを入れるかというのが多いので、喜怒哀楽の喜・楽を表現したこの曲は数少ないものだと思います。

ちょっと蛇足ですが、エリックの逸話でよく出される、エフェクターに使われている電池の種類を聞き分けられるという話ですが、実はこのすごさは耳の良さ以上に、「常に聞き分けられるだけ高度に安定した楽器演奏が出来る」という点が特筆ものなんだそうです。これは実は昔習っていたクラシックギタリストにエリックのビデオを見てもらいながら話してもらったことですが、その先生曰く「少なくともこのギタリスト(エリック)の左手については、少し小指の使い方が弱いかも知れないが、相当四本の指を独立させる練習を重ねたのは間違いない」ということです。元々エリックは「小指は必要があるときだけ使い、基本は3本指での運指」と言っていましたから、小指云々もある意味正しいんでしょうね。

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2005年10月 8日 (土)

学歴と教育

最近、「超・学歴社会」という本を読みました。二児の父親としては色々と考えさせられることが多い内容でした。

ソニーの故盛田元会長が学歴不要論に関する本を著して既に20年近くが経過していますが、今だ学歴偏重はなくならないばかりか強まっているようです。

何故か。

結局は実体として高学歴の人に有利に働く社会が出来ているということを、我々庶民が実感しているということでしょう。「もう高学歴から一流企業への成功図式は崩れた」などと言っている評論家もいらっしゃいますが、二重の意味で欺瞞ですね。一つは、「崩れた」というのが全てではなくある一部の現象のみを捉えていること、具体的には、「高学歴の連中が入る一流企業でも、成功できないことがある」「一流企業に入った高学歴の連中でも出世しないことがある」という部分を針小棒大に言っているということですね。これ自体は至極当たり前のことではないでしょうか。

もう一つは、大体にして学歴社会を否定している連中がしっかり学歴社会の美味しいところをかっさらった人生を送っていること。例えば私の親・親戚は殆どが中学・高校卒なんですが、どれほどそのことで苦労したかを延々と言うわけです。そんな声や現実に対して、「いや、この人が成功している」と言った所で、「そりゃあんたは成功した例だけ持ってくりゃ良いが、この現実はどうしてくれる?じゃああんたは学歴隠して再就職した方が成功した、とでも言いたいんかい?」という事には全くの無力なわけです。文部省でゆとり教育を言い出した寺脇某など、どこぞの進学私立から東大ですから、説得力ないわけですよ。かといってそういう人が言わないとシステムとしての公教育は変わらないから難しいのも認めますが。

結局物事は確率の問題で、成功する確率の高い道に流れるのは当たり前の行動なわけです。金と言う尺度でみれば、明らかに高卒と大卒での生涯賃金は違うという調査結果がありました。アメリカに至ってはその賃金差は日本より大きい訳で、「アメリカでは学歴は関係ない」などと言っていた輩は本当に頭を丸めてください(もうそんなことを信じている人も少ないでしょうが)。

で、ここからですが、この状況が現実としてある中で、どうすれば良いかと言えば、やはり公教育の充実というのは外せないと思います。子供に関してはとにかく親の差(能力・財力など)を反映しないようにすることが重要で、そうすれば現在ある将来不安という部分もかなり解消されるんじゃないでしょうか。少なくとも私が住んでいる神奈川県では、なかなか公立に進めさせるというのを躊躇する話が多いと感じています。対して、私が生まれ育った岡山は何しろ教育県ということが一番の自慢であるぐらい公立の強い所です(でした、という過去形かもしれませんが)。本当は公教育にこのような地域格差があるのはおかしな話です。だからこそ単身赴任などが一般化してしまうということですね(公立高校の転入はそりゃ難しいもんです)。

現在40歳前後の親というのは、実は戦後一番授業時間が長い義務教育を過ごした世代なんだそうです。そこから見れば一番短縮された現在の公立授業に不安を覚えるのは当たり前かもしれません。それでも今の子供たちの数十倍は遊んでいたとは思います。

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2005年10月 6日 (木)

ヌートリアと広戸風

ブログタイトルの通り、私は岡山の出身です。で、岡山といって私が思い出すものは何か、と言えば、星野仙一でも吉備団子でもなく、

ヌートリアと広戸風

です。恐らく他県出身の方でピンと来る人は少ないと思いますし、特に「広戸風って何じゃ?」と思います。

ヌートリアとは元々戦前に毛皮確保のため軍が輸入したものが野生化したまあネズミとイタチの合いの子のようなもんです。ある時ヌートリアの話を出して誰も判らなかったことがあり、その時初めて岡山で特に多い獣だとわかった次第。何のことはなく私の実家の前にある用水路ではいつもふらふら泳いでいました。

広戸風というのは、室戸岬沖で台風が通過すると、中国山地の奈義山のふもとに吹き下りる強烈な風で、杉の巨木などが倒れたりするものです。子供心に結構怖かった記憶があります。

あと、最近は香川の貯水量はダムで見るんですね。私の子供時代は必ず満濃池がその基準でした。大体岡山側は大きな川が三つもあり(旭川・吉井川・高梁川)あんまり渇水に苦しむことは無かったと思います。逆に香川はよく渇水情報が出ていましたね。

風邪で苦しんでいるときにふっと思い出したことです。

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2005年10月 4日 (火)

リックエメットとアンドリューヨーク

最近音楽ネタ続きですが、トライアンフのDVDを買ってしまいました。

ここのギタリストであるリックエメットは、技術的にものすごく難易度が高いわけではないのですが、特にアコギ系への造詣はかなり深いものがあります。で、このDVDにも「Midsummer Daydream」が入っているのですが、今になって思えば、

これってアンドリューヨークの「Sunburst」の元ネタ?

って感じしませんか?当然ヨークの方が難易度は高いし、別にパクッているわけでもないのですが、曲全体の雰囲気・構成はかなり似てると思いますね。多分ヨークはロックも好きだろうし。で、改めて発表年を調べれば、トライアンフの「Thunder seven」が1984年でヨークのソロが1986年になっています。

確かに「Sunburst」を聞いたときにあった既視感(既聴感?)はこれだったんだ、と再確認した次第です。でも、実は全然違ってたりして。

それにしてもリックエメットですが、彼の乾いた都会的な感覚は好き嫌い分かれるところかも知れません。例えば同じアルバムにある「Little boy blues」などは、曲構成は泣きなのにギターはあまり泣いていないという、よく言えばアーバンブルースとでも言うべき曲になっています。この辺りは普遍的なロックンロールでギターだけ泣きまくるマイケルシェンカーとは対照的ですね(前書いたニールショーンなんかも近い)。その感覚はソロアルバムの「Spiral Notebook」には顕著です。

でも、またバリバリ弾いて欲しいなあ。

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2005年10月 2日 (日)

今更気付いたニールショーンの凄さ

あまりに有名なジャーニーのギタリストですが、最近えらく恐ろしいことに気付きました。

元々16歳か何かでサンタナにスカウトされ(エリッククラプトンも狙っていたらしい)、一線を張り続けているギタリストですが、私はこの人を、「素晴らしい作曲能力と爆発力・気合のギタリスト」という捕らえ方をしていました。

ところが、

この前ヤングギターを久々に立ち読みしてたら、懐かしの「Separate Ways」のスコアがあり、音作りのところを見ていたら、「ソロはきっちりとダブル録り...」。

ええっ、あのソロをダブルで録ってるんかあ!?

大体ニールのソロは、最初歌わせてから最後のところで指癖なだれ込みの早弾き、というのが多いのですが、まさかあの指癖風ソロがダブルなんて...。で、家に帰って確認してみりゃ確かにダブルです。

このダブル録りというのを私が初めて知ったのは、確か30年ほど前の大村憲司のソロアルバムについてのインタビューであった、「プロデューサーがソロを完全に二回同じに弾け、って言う。そうすればジョージベンソンみたいな伸びのあるソロになるから、ていう説明だが、これが難しくて...」というものだと記憶しています。ただ、一般の20年前ギターキッズなら、Loudnessの「Thunder in the east」のマックスノーマンとLoudnessメンバーの死闘で知った人が多いんじゃないでしょうか。私もつたないながら宅録でやったことはありますが、ハモリより難しいですねえ。ましてやあんないい加減っぽく聞こえるニールの早弾きがダブルとは...。

やはりプロは恐るべし、です。

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