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2007年3月31日 (土)

「密やかな結晶」(小川洋子)

相も変わらず前後の脈略の無いこのブログ、ふと思い立って過去に読んだ本の感想をば。

密やかな結晶

密やかな結晶

いや、この小川洋子さん、岡山の同郷ですが、向こうはこっちのことを全く知りません(当然)。というわけではないのですが、やはり「博士の愛した数式」は読みましたし、その他何冊かは読んでいます。でも肝心の「妊娠カレンダー」は読んでいないんだよな。同じ同郷の小説家でもやってることがこれほど違う二人は珍しいぞ、小川洋子と岩井志麻子。

この本、ネタバレがありますから詳細は書きませんが、とにかく幻想的に進みます。どんどん記憶が消される住民、その理由も分からない。そのままずっと物語は進んで....。

この本を読んだ時、何だか昔話を読んだような気分になりました。ご教訓がある訳ではなく、何を言いたいのかも分からない。ただただ、足元をなくした暗闇にぼーっといるような奇妙な浮遊感を感じます。

もしくは、中南米にある幻想小説と言われる分野に近いかもしれません。例えば、バルガス=リョサとかボルヘス、フリオ=コルタサルやガルシア=マルケス等の小説に手法は近いでしょう。ただ、あちらはその裏に、政府に対する抗議や現状に対する抵抗があり、それを別の形で表現しているという事実がありますが、恐らく小川洋子さんはそこまでの思想は無いんじゃないか、と思っています。

別に、「沈黙博物館」という小説も近いものがありますが、ちょっと途中で現実に戻されるところが画竜点睛を欠くというか。

沈黙博物館

沈黙博物館

現実からふっと離れたい時は彼女の小説を読むことが多いですね(「もっと現実を見てくれよ、おめえよ!」との叱責多数の中)。

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2007年3月28日 (水)

被災者を勇気付けるものは?

この日曜の能登半島地震、横浜でも少しですが揺れました。で、テレビに直ぐ地震のテロップが流れて、「えー、震度6!?」とビックリした次第です。被災者の方は大変だと思いますが、頑張ってください、としか言えない自分が悲しいです。あと、こういうときに色んな事をやらかすアホどもがいますが、くれぐれも自分の不用品を被災地に送らないように。使った下着を送るバカもいるらしいです。

ちょっと不謹慎かも知れませんが、こういう地震の時、いつもある話を思い出します。それは、阪神大震災でボランティアに行ったギタリストの石田長生の言葉でして、詳細は別にしてこんな話でした。

「自分が被災地に行って、ギタリストとして何かやろうとした時、ロックだ何だが如何に意味が無いかが分かった。ああいうときには、例えば『青い山脈』だったり童謡だったりの歌が一番みんなに元気を与えるんだよ。ああいうところでは、ロックなんてへの突っ張りにもならないよ」

うーん、といつも考え込んでしまいます。例えば、自分がどんな形であれ、被災地のような形で避難所暮らしをしている時、確かに「ロックじゃねえよな」と思うと思うんですよ。ですが、じゃあ何か違う形で自分を和ませる、勇気付ける音楽ってあるのか?と考えると、やはり「うーん」となってしまいます。

多分、本当に生活と密着した歌、というものを我々は持っていないのかも知れないですね。以前、沖縄の人がうらやましい、と思ったことがあります。彼らは選挙でも何でも直ぐにめでたいと踊れるんですよね。で、結構若い連中も踊れちゃうわけで、そこに本当に引き継がれているものを感じてしまうんですよ。うまい下手と全く離れた自然さ、というか。

自分ひとりでない困難な状況になった時、みんなの頭に浮かび、口から出る曲というのは何なんでしょうか?世代を超えた歌、というのが今世界のどこかにあるんでしょうか?

あれば、少しは楽しく慰められる世の中になるのかも知れません。

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2007年3月27日 (火)

ギターの嗜好が変わってきた

買ったばかりのポールリードスミスを調教中(私が調教されているかも)ですが、ここ5-6年でかなりギターの嗜好が変わってきました。

以前は、かなりヴィンテージ系のストラトや、レスポールカスタムなんかを持っていました。今から考えると、68年製ワンピースネックのブラックビューティーや、54年製プロトタイプのカスタムなんか持っていて、今やどちらも100万円を超えています。ストラトだって結構なものを持っていたんですがね.....。

ところが、こういったヴィンテージ系っていうのは、私としては弾きにくいギターが多かったですねえ。まあ54年のレスポールカスタムは、フレットがいわゆるフレットレスワンダーで弾きにくいのは当たり前としても、それも何とか力で捻じ伏せなきゃ、と思っていたんです。ところが、70年ネックのストラトを改造してローズ指板から貼りメイプル指板に変え、出来るだけフラットな指板にしてもらって弾き始めたらこれが弾き易いの何の。その上でバジフェイトンを入れてもらったら、多分調整してもらったT'sギターさんの調整が良いのでしょう、快適そのもので、逆にオリジナルストラトのRのきつい指板では弾きにくくなってしまいました。

特にここ数年、バンドをやるようになってからは、「弾くのにどうか」という観点でギターを選ぶ傾向が強くなってます。以前ならトムアンダーソンなどのカスタムビルド系には見向きもしなかったはずですが、最近はそちらに目移りするようになって来ました。

で、ポールリードスミスというのは、ヴィンテージと実践という部分を組み合わせた工業製品ギターとしては、非常に良く出来ているものなんでしょうね。ただ、低音の共鳴が強く、今までのギター以上にミュートに気をつけないとぐちゃぐちゃになってしまうんで、腕が悪いとどうしようもない。あ、私は腕が悪いんでぐちゃぐちゃになりやすいです。

ただ、以前持っていたストラトでの、少しボリュームを絞った時のサスティーンの消え方とか、ハーフトーンの美しさなどは、「やっぱヴィンテージだよなあ」と思うこともあります。

恐らくまた、「ヴィンテージ欲しい病」になってうろうろするんでしょうなあ、私。

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2007年3月25日 (日)

どうでもいいですが朝食です

今、家族が里帰りで私一人です。で、こういう時は普段しない朝食を一人でゆっくり作ってみます。

Dscf1742 しっかし塩っ気の多いものばっかですなあ。開き・ホタルイカ・明太子・お粥って、健康なんだか不健康なんだか自分でも良く分かりません。だってこの時期はホタルイカは食わなきゃ始まらないし、近くのスーパーで「伊豆直送」とか書かれりゃ開きを買わないわけには行かないし、明太子は大好物だし....。

子供の頃は結構好き嫌いが多く、変なものが食べられなかったんですけど、最近は私の親が、「あんた、こんな珍味類いつから食べるようになった?」と聞くくらい、嗜好が変わったみたいです。

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子供にTバックを穿かせるアホ親

週刊誌っていうのは大体つり革広告を見りゃ内容が分かるので、立ち読みにしても(ヲイ)週刊朝日のドン小西の所くらいしか読まないのですが、週刊現代で、Tバック中学生とその親の記事がありました。

いや、酷すぎですなあ。

子供は子供で、「友達も学校に行けず授業が遅れて漢字が弱くなり、台本が読めなくて苦労していた。自分も仕事で学校に行けないことがあるが、そうならないように国語は勉強しなきゃいけないと思っている」ってあんた。何か順番が違わないかい?

親のほうは、「小学生でTバックはないが中学生は良いのでは?親としてしっかり子供は守っているしそれが役目」って、学校休ませて何言ってるんですか(怒)。あとね、良く言うでしょ、「子供が決めたことだから」って。でもね、本当にそうですかね?親が洗脳していることがありませんか?そう誘導してるんじゃないですか?

これは理由にもならんかも知れませんが、やっぱり学校を休ませるのが親の都合(仕事を管理してるのが親なんだから)っていうのは理解できないし、やはり悪いこと、と思ってしまいます。この辺はあんまり同調できない「国家の品格」に書かれていることに近いんですが、「ならぬものはならぬ」という所は、特に子供に対しては必要じゃないか?

子供を殺す親も含め、親の資格をもっと広く問わなければならない時代のようです。って、自分が本当にその資格があるのか、問い続ける必要がありますね。

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2007年3月21日 (水)

「Voice Mail(John Wetton)」

どうですか、納豆ダイエット?

といってしまいたくなるのが最近Asiaで来日したJohn Wetton。先日の礒貝にも驚かされましたが、彼もまあかなり...。Asiaのスティーブハウ爺もかなりで、「おじいちゃん、無理しないで!」と言いたくなるようになっています。これほどBefore Afterが変わる人たちも珍しいかも(エアロスミスを見習えよ)。が、私が良くお邪魔するSorapapaさんのブログにも紹介されていましたが、外見はともかく、その声だけでもうそこの女子高生の方々!てなもんです。で、その中でもソロの「Voice Mail」が私のヘビーローテーションです。

ヴォイス・メイル

Voice Mail(John Wetton)

私は彼の声を、「癒しのストロングボイス」と勝手に命名していますが、このアルバムではその彼の声に合わせたかのような最上級の哀メロ炸裂です。捨て曲はありません(きっぱり)。その中でもM2「Battle Lines」M7「Hold me Now」は正にウェットン節炸裂で、その哀愁度はAsiaを軽ーーく越えています。

で、この抒情詩には「You're not the only one」という壮大な最終章が待っているわけですが、この曲の中の「痛みを感じているのは貴方だけじゃない、信念が必要なのは貴方だけじゃない」という歌詞、ある時期の自分には胸に迫るものがありました。やはり曲によって我に返ることはあるんですね。いい年こいたおっさんが、もっとおっさんに泣かされるというやおい本もかくやという状況ですが、分かるよな、そこの警備員の人。

今やマイケルシェンカー並の乱造状態にありますが、もう一度しっかりとしたアルバムを作って下され。そうすれば体重はかなり.....(以下自粛)。

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高坂正尭「世界地図の中で考える」

先日偶然立ち寄ったブックオフで買ったのがこの本です。新潮選書からのもので今は絶版の様です。

高坂正尭氏は、保守論客として15年くらい前にかなり活躍されていましたが、非常に残念なことに既に亡くなられています。決して全てにおいて賛成する意見をお持ちの方ではありませんでしたが、今の方には無い飄々とした少し笑いの要素もある方でした。これはもしかすると京都大学という文化にあるのかもしれません。京都学派の一人である梅棹忠夫氏なども同じような味わいがあると思っています。

この本の出版は昭和43年、40年ほど前の本ですが、そこで語られている本質は今でも通用するものが多いと思います。特にアメリカの孤立主義とその世界拡大行動に至る過程、また彼らの誤解からのベトナムの泥沼など、今のイラク政策に見事に重なるようです。

実際に感じることなのですが、実は超大国アメリカに壮大な戦略など無いのではないか、と思い始めています。中東政策などはその典型でしょうが、結構「いいことみたいだし、とりあえずやってみるか」という政策が多いんじゃないか。ところが、その後は(この本でも述べられているのですが)物量でねじ伏せて何とか体裁を整える、ということなのかな?と。この当時のベトナム戦争でも、その戦争の性格・状況を分析している節は無いですし、「ええい、やっちまえ!」ってな雰囲気を感じてしまいます。

このこととは別に、ある年月を経てからその内容が耐えうるものかどうか、検証するのは重要だということですね。一番酷いのは経済評論家と言われる人たちですが、まあ当たらない当たらない。それも、当たらない可能性を論じていればまだしも、「絶対こうなる」と言っておいて外れるから羞恥プレー度満点。

また少し古い本でも読んでみますか(ってそうするかどうかは不明)。

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2007年3月20日 (火)

黒武洋「そして粛清の扉を」

最近、池内ひろ美さんのネット炎上についていくつかの記事を見ました。これを見て、全然関係ないはずですが、黒武洋の「そして粛清の扉を」を思い出しました。

そして粛清の扉を

正月の毎日新聞に、「ネット君臨」という記事があり、ある人がブログに攻撃され炎上、さらに電凸(電話で直接攻撃をすること)を受けた、という説明でした。ところがその後、その人がくだんのブログで実は問題行動をしていたことをばらしており、それが原因となって炎上したのだ、という解説が出ていました。

で、一瞬私も「そりゃ炎上もしょうがないかな?」と思ったのですが、よくよく考えるとやはりおかしい。なぜなら、その問題行動が本当であるのか判らない、もし本当だとして、ネット住人がそれを元にその作者を追い詰めることは許されるのか?ということを考えると、やはりそれはおかしいよな、というのが私の結論なんです。

何故この小説を思い出したのか?それは、どこかでネット炎上と共通するカタルシスをこの小説に感じるからです。ネタばれになるので詳細は避けますが、ある悪事に対して誰が裁くのか、ということに対しての感情移入に対して、相当な恐れを感じたことがあります。要は、「ネットを炎上させる人たち(この小説で言えば復讐を行なう教師)とどこかで感情が一つになるんじゃないか?」という恐れと、どこかこの復讐にすっきりしている感覚と、そこに漬かり込まないようにしたいという私自身の抵抗がない交ぜになっているのが読後感であり、そういう意味では非常に後味のすっきりしない小説ですねえ。

それにしても、もう少し冷静な議論というのは出来ないのでしょうか?AじゃなきゃB、そうじゃなきゃどうよ?という議論はディベートに近いもので、本質から離れるんじゃないか、と思います。議論は喧嘩ではないし、喧嘩になった瞬間に議論ではない。やはりそこにどうしても匿名性という逃げ場があるように感じます。

この辺はもう少し整理して。

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2007年3月16日 (金)

在庫地獄

困ったもんです、物欲の成れの果て。

Dscf1723

これと同じ位の在庫が岡山にまだ......。持っている人はこんなもんじゃないでしょうが、それにしても....。ヤクオフに出せるのがあるか、これから検討です。

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2007年3月11日 (日)

サッカーの天才であったはずの礒貝洋光

やっと始まり第二節が終わったJリーグ、やはり私の一押し山瀬功治のドリブルはすごかったですねえ。が、何しろ久保竜彦の「ロングシュート&ひょっとこ踊り」に浦和の勝ちさえ霞んでしまった第一節。

で、この前会社の人と、「優秀なスポーツ選手とその頭脳」ということで少し議論になりまして、その人曰く「やはり優秀なスポーツ選手は頭も優秀で、そうでないと優秀なスポーツ選手にはなれないはず」という意見でした。で、私の意見はそうではなくて、「その優秀さを軽く超えてしまう選手が実は天才で、それはある意味頭脳と努力では追いつけない。だからファンを魅了するのでは?」というものです。

どちらが正しいかは措いておいて、日本サッカーで間違いなく「天才」の一人であり、私も好きだったのが礒貝洋光。同年代の菊原志朗・京都のフリットと言われた石塚啓二らもある種の天才だったと思いますが、やはり同世代だった永井秀樹をして「いくらマラドーナがすごいと言ったって、小学校時代の磯貝にはかなわない」という名言(良く分からない迷言?)を残したくらいの逸材だった奴です。

当時はガンバ大阪にいて、イタリア系浪速人の本並・国籍不明の永島・スーパーマリオのミューレン・ロシアから来たラモスといわれたアレイニコフなんかと一緒にその天才振り(とサボり振り)を発揮していたわけです。

ドーハの悲劇のあと、私はこの礒貝と岩本輝が呼ばれた時、すげーワクワクしたのを覚えています。しかも監督はファルカンでしたから、アジアにブラジルサッカーが出るかも、とさえ思いました。しかししかし、その後は承知の通り、礒貝はゴルフのし過ぎか代表2試合のみ、岩本もその後東海道を歩いた末にニュージーランドまで行って引退。まあ二人とも守備は全くしなかったしなあ。

で、この前の沢登引退試合で出てきた礒貝を見て、凍りついた人も恐らく5200人くらいは日本に居たと思います(私ゃ礒貝だと分からなかったですう)。

http://www.jsgoal.jp/photo/00020400/00020414.html

栄枯盛衰ですなあ......。

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2007年3月 7日 (水)

A.C.Tは良い!

りでぃあさんのBlogなどで紹介されていて、4thの「Silence」が文句なしのヘビーローテーション入りしたA.C.Tですが、先日Tsutayaの半額レンタルで二枚ゲットしました。今聴き込み真っ只中なのですが、3rdの「Last Epic」がやはり素晴らしいです。

ラスト・エピックA.C.T「Last Epic」

素晴らしくPopでメロディアスな世界ですが、特にM2の「Wailings from the Building」とM12「The Effect」が涙モノです。前者はギターソロがそりゃあもう、何なんだろうこのポップかつ哀愁のフレーズは。久々に完コピしたくなりましたもん(できるか!との突っ込みあり)。後者は、サビの煽りが半端じゃない。特にGソロ後の女性Voになった変わり方は、同じフレーズの転調だけなのに煽る煽る。何でも普段はスゥエーデンでウエートレスをしているそうですが、何と勿体無い。そうですねえ、Harem Scaremの「Change comes around」に少し近い感じがあるかな(曲調はまるで違いますが)。バンドとしての演奏力は非常に高いと思います。ギター弾きの当方としてはGに注目してしまいますが、例えばIt Bitesのフランシス君ほどはアウトに弾かないものの、かなり滑らかなピッキングでキーボード的なフレーズ、ユニゾンが多い。

それにしてもこのバンド、間違いなく21世紀のIt Bitesという地位で考えて良いんじゃないですかね。世の中的にはそんな地位は無いに等しいかも知れませんが私としては確固たる地位なんですよ。

こんなことをしていてちゃんと仕事になるんだろうか、明日以降(汗)。

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祭りには安易に人の手を入れてはいけない

実は、今年は日本三大奇祭である西大寺はだか祭りで死者が出た、ということを知りました。

西大寺はだか祭りで死者

正直、子供の頃からテレビで見ていて、「良く人が死なないなあ」と思っていましたが、どこかに「いや、この祭りでは死者は出ない」と思っていたところもあります。まずは亡くなった方にはご冥福をお祈りします。

が、ここで「このようなことがないように今後は万全を期したい」というところに素直に頷けない私がいます。確かに、万全を期さなきゃいけない部分がこの祭りにも多々あるのは承知しているつもりですし、その対策は取られてきたと思います。ただ、この犠牲者が出た、という個別のことで、この祭りの本質であるあのぶつかり合いを変えるような大きな変化を起こしてはいけない、と思っています。

これはSinseiさんのブログでもコメントしたのですが、この事故は「あってはならない事故」ではなく「事故の起こる可能性がある祭り」という種類だと思っています。ぶつかり合う前には色々な対応は必要でしょうが、ひとたび宝木を取りに行く所は、ある意味丸腰の無法地帯であり、それがこの祭りを奇祭たらしめているわけです。

(強調して言いますが、人が亡くなったり、怪我をすることを善しとしているのではありません。そんなことは無いのが良いに決まっています。だからこそ丸腰のフンドシ一丁になるわけです)

これと似た話で、大阪府で太田房江知事(ちなみにこの人は以前の岡山県副知事)が、「賜杯を渡す!」とかいって大相撲大阪場所で何とか土俵に上がろうとして、「いや女人禁制ですから」と断られている、という話を思い出しました。人が死ぬかどうかという話とは違うとは言え、「ある祭りの伝統を守る」ということでは、女性を入れない、ということの判断は正しいのでは、と思います。じゃあ尼寺には男がドンドン入って良いのか?ということになりますしね。というか、もっと別に考えることがあるだろう、太田房江先生(って、この人も結構バカかも)。

こういったことに限らず、一つの現象であるミクロ現象と、その現象の集合概念であるマクロ現象は、しばしば対立してしまいますね。例えば金利なんかは典型ですが、このことはまた別に考えたいと思います。

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2007年3月 4日 (日)

やっちまったい・その2続報はPRSだけでない

実はしっかりLine 6のPODまで買ってしまいました。

こんなもの

本当はですね、そりゃ所謂ブティックアンプといわれるアンプでも買って、極上のサウンドっていうのがいいんでしょうねえ。そんな場所はないですううう(涙)。

ギターですが、結局PRSにしたのはですね、やはり「ハカランダ」という言葉に惹かれてしまったというのはありますねえ。実は2005年に発売になった「ブラジリアンスペシャル」というPRSが中古であったんですが、やっぱりピンスイッチ使用に流れた私は初期物が好き。それと24Fまであるということ。どの程度幅が広がるか、これからです。

あと、弾いて分かったんですが、やっぱりフロイトローズは私にはダメです。要は弾きなれていないだけなんですが、今回PRSのトレモロが結構使えそうなのが分かって楽しみです。シンクロ系ですが動きが軽く、練習すればクリケット奏法も出来そうです。そう、DokkenのDVD「Live under the sun」でレブビーチがやっていたやつ。PRSじゃあ似合わないかも知れませんねえ。多分今後もハイエンド系ギターでもシンクロ、精々ウイルキンソンまでだと思っています。あのファインチューニングのない極初期のフロイトローズがありゃ良いんですがね。

買っていじってから分かったんですが、ロータリースイッチのフェイズ系の音がなかなか病みつきになりそうです。なんていうかワウ中間踏みのミッドブースト(「UFOライブ」のマイケルの音です)というか、鼻をつまんだ音というか。これで少しピッキングハーモニクスを付ければもう旦那。これならトーンは要らないですな。

ただ、まだまだギターに慣れていないんで暫く自由に弾くのには時間が掛かるでしょう。

うーん、ギター弾く奴以外には80%以上は不明のないようだな(爆)。

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2007年3月 3日 (土)

やっちまったあい・その2

Dscf1718 ということです。ああ、「中古車一台分ですわ」のPRS88年。

これから苦難の貧乏生活が....(涙)。

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2007年3月 1日 (木)

シンガポールで物思いする

しかしですよ、毎週大陸を越える出張を三週連続って....。ちょっとやり過ぎましたね、からだへろへろ。

行ってみたらシンガポールは結構雨で、気温も30度までは上がっていないようでした。その割には湿気が少なくて、何だか不思議な気分でしたね。で、まだまだ正月気分らしく、旧正月から15日間は正月期間なんだそうです。

Dscf1697 こんな感じでまだ飾っています。

シンガポールに行くといつも思うんですが、あの色んな連中がいるところは中々面白い。今回は前回のように出歩いたりしていないんですが、それでも空港などを見ても、一番成功している多民族国家で唯一の人工国家であることは間違いないでしょう。であるからこその知恵や苦労はあるわけですが。

「ジョンレノンの『Imagine』が世界を変えなかったんだから、歌で世界を変えることは出来ない」と言ったのはオジーバンドのギタリストだったジェイク・E・リーだったと思いますが、確かにあの歌が存在してさえ、つまらない理由で殺し合いがあるわけです。「世は歌につれ」ないことの証明でしょうが、それでも、シンガポールのような小さな国が何とか成り立っているというところには、何らかの希望を持てないのか?と考えてしまいます。

例えば多民族国家であったユーゴスラビアは、チトーという元首が消えてから、正に箍が外れた如く崩壊の一途を辿ってしまいました。アメリカは正に多民族国家であるわけですが、やはり何百年という差別の歴史があり、ある意味究極の格差容認(弱肉強食)社会であるわけです。そりゃシンガポールも色々あるでしょうが、それよりは何となくうまくいっているように見える。

せっかく色々と世界を回ることの出来る仕事をしているんで、これから少しはこういったことに思いをはせるようにしなきゃいかんなあ、とシンガポールの夜景を見ながら意を新たにしています。

Dscf1709 レストランから見た夜景。

と、舌の根も乾かぬうちに結局食っているわけですが何か?

Dscf1704 チリクラブ(辛味ソースの蟹)と甘めのあげパン。これはシンガポールしかないそうで、例えば台北あたりの人が来ても、「うまい!シンガポールの中華もうまいしこれもうまい」といって帰っていくそうです。あとこれにバンブークラム(でかい筒状の貝)やらなんやら。

それにしても、岡山に居る時は飛行機すら乗ったことがなかったのにな(ふっ)。

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