« やっちまったい・その2続報はPRSだけでない | トップページ | A.C.Tは良い! »

2007年3月 7日 (水)

祭りには安易に人の手を入れてはいけない

実は、今年は日本三大奇祭である西大寺はだか祭りで死者が出た、ということを知りました。

西大寺はだか祭りで死者

正直、子供の頃からテレビで見ていて、「良く人が死なないなあ」と思っていましたが、どこかに「いや、この祭りでは死者は出ない」と思っていたところもあります。まずは亡くなった方にはご冥福をお祈りします。

が、ここで「このようなことがないように今後は万全を期したい」というところに素直に頷けない私がいます。確かに、万全を期さなきゃいけない部分がこの祭りにも多々あるのは承知しているつもりですし、その対策は取られてきたと思います。ただ、この犠牲者が出た、という個別のことで、この祭りの本質であるあのぶつかり合いを変えるような大きな変化を起こしてはいけない、と思っています。

これはSinseiさんのブログでもコメントしたのですが、この事故は「あってはならない事故」ではなく「事故の起こる可能性がある祭り」という種類だと思っています。ぶつかり合う前には色々な対応は必要でしょうが、ひとたび宝木を取りに行く所は、ある意味丸腰の無法地帯であり、それがこの祭りを奇祭たらしめているわけです。

(強調して言いますが、人が亡くなったり、怪我をすることを善しとしているのではありません。そんなことは無いのが良いに決まっています。だからこそ丸腰のフンドシ一丁になるわけです)

これと似た話で、大阪府で太田房江知事(ちなみにこの人は以前の岡山県副知事)が、「賜杯を渡す!」とかいって大相撲大阪場所で何とか土俵に上がろうとして、「いや女人禁制ですから」と断られている、という話を思い出しました。人が死ぬかどうかという話とは違うとは言え、「ある祭りの伝統を守る」ということでは、女性を入れない、ということの判断は正しいのでは、と思います。じゃあ尼寺には男がドンドン入って良いのか?ということになりますしね。というか、もっと別に考えることがあるだろう、太田房江先生(って、この人も結構バカかも)。

こういったことに限らず、一つの現象であるミクロ現象と、その現象の集合概念であるマクロ現象は、しばしば対立してしまいますね。例えば金利なんかは典型ですが、このことはまた別に考えたいと思います。

|

« やっちまったい・その2続報はPRSだけでない | トップページ | A.C.Tは良い! »

コメント

大相撲の話を読んで思いました。

男女の差別を排除することは当然のことですが、それぞれに役割が存在することもまた事実ですよね。差別と役割の境界線をどこに引くか、その価値観の違いが常に対立を引き起こしているような気がします。ゆえに難しい問題となってしまうのでしょうね。

投稿: gw | 2007年3月10日 (土) 11時16分

gwさん、

やはり日常とは切り離された異空間には、異空間の規定があっていいような気がします。逆に宝塚に何故男が入れないのか!と言っても、「それじゃあ宝塚に成り得ない」ということですから。

投稿: ドイツ特派員 | 2007年3月10日 (土) 14時02分

ドイツ特派員さん、こんばんわ。
地元にいながらその後の続報が(どのような対策が取られるのか、等々)何も入ってこないのですが(すいません、あまり地元密着型の友人が少ないもので、、、)でも、この祭りを奇祭たらしめている肝の部分を失わずに3年後の2010年、無事に良い形で500周年を迎えられると良いですね。

ドイツ特派員さんのおっしゃるとおり、最初から「事故の起こる可能性がある祭り」なわけであって、それは「公園の木の切れ株で子供が大怪我をした」とか「明石の花火大会で、駅へ通じる通路で人々がなぎ倒されて死者がでた」とは明らかに別種の出来事なわけですから。。。

実は若い頃、大人たちに守られている「伝統」とか「文化」とか「クソ喰らえ!」と思っていた時期があって、変革とか革新とか改革とかチェンジ(クリントンか!トシ&タカ風)なんていう言葉に凄く憧れたものですが、まぁそれは若者の特権でもあるのですが、、、

この歳になって(なんていう表現はあまり使いたくはないのですが、、、)「保守」というか、(粛々と)「守って保つ」なんていう言葉を再認識しているというか、伝統なんて実は意外ともろいもので我々がしっかりと守って受け継いで行かなければ、はかなくも崩れ去ってしまうのではないだろうか?なんて思っていたりもします。

「こんな(死者の出る)祭りに何の意味があるのか?」などという人もいるのかもしれませんが、何の意味もなく500年も続くわけがありません。恐らく現代人の我々からはもはや計り知れない先人からの知恵が詰まっているはずです。

何も手を加えずに粛々とこの伝統ある庶民のお祭りを後世に受け継いでいけたら良いですね。

投稿: SINSEI | 2007年3月11日 (日) 01時04分

Sinseiさん、

確かに昔は、「おっさんの言うことなんか聞けるかよ!」という典型的な「Don't trust over 30's」でしたね。で、自分が30どころか40を超えても、「けっ、社会なんてよ」とやっているから性質が悪いのかも(汗)。

ある意味、「こんな死者まで出してやめたら?」という声に対して、「けっ、常識ぶるんじゃねえよ!」とやっても良いかも知れません。そんなに世の中のことが全て理由づけられたら面白くないですしね。理由の無いもの、損得に関わらないものも大事だと思う今日この頃です。じゃないと音楽なんて聴けないですよね。

投稿: ドイツ特派員 | 2007年3月11日 (日) 22時39分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 祭りには安易に人の手を入れてはいけない:

« やっちまったい・その2続報はPRSだけでない | トップページ | A.C.Tは良い! »