殺すなよ、すぐに
最近の本を見ると、やたら「余命..ヶ月の恋人に」とか、「死後の世界から戻って...」とか多くないですか?これ、私は嫌なんですよ。
今から二年ほど前にブームになった「世界の中心で、愛をさけぶ」も、ブームになるその一年位前に読んで、「何じゃこりゃ?」と思ったのもつかの間、えらく売れたことにビックリしました。まあこの本は文章が平板なのが決定的にダメなんですが、それを隠すためか、恋人の死という背景で泣かせようとしているのが見え見え(あ、Sorapapaさん、長澤まさみを批判はしてませんので)。
ところが、死後の世界や死への直面など、人が死ぬのを使うのがバンバン出てきて、またそれらが売れちゃって映画になって涙頂戴してですなあ、変だぞううう。だって人が死ぬ、というのはそれだけで悲劇だったりするわけで、感動の何割かはそのこと自体に持っていけるわけですよ。要は作者の負担軽減。
まあ好みがあるので何ともいえないでしょうが、死というものに逃げ込まずに生きることを書く小説がもっと増えないと、「一億総死亡感動」になっちゃいますよ。例えばカズオイシグロの「日の名残」などは、何ら凄い出来事もなく、本当に淡々と進む中に色々な思いが詰まっている小説だと思います。
お手軽な感動はもういいんじゃないかな?と思う今日この頃です。
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コメント
こんばんわ~!まだアメリカですか?
>最近の本を見ると、やたら「余命..ヶ月の恋人に」とか、「死後の世界から戻って...」とか多くないですか?これ、私は嫌なんですよ。
実は私もなんですよ。(もっとも私の場合は映画の方です)あと「神様がくれた奇跡の何日間」とか「光に当たったら死んじゃう」とかとか。。。
観ていない映画の批判はしたくはないのですが、なんかもう「予告編」を観ただけでなんか見え見えというか、安直というか、そこで泣かせようと言うのがわかっちゃうから興ざめです。
>だって人が死ぬ、というのはそれだけで悲劇だったりするわけで、感動の何割かはそのこと自体に持っていけるわけですよ。要は作者の負担軽減。
鋭いご指摘ですね。自分のブログでも書きましたが、そもそも「ロミオとジュリエット」の昔から恋愛に「破局や破滅」そして「死別」というものは付き物で、「この寿司はわさびが入ってますから泣けますよ」といって寿司出されてもなぁ~。。。
その結末に向かうまでをどのように描くかが作り手の醍醐味というか力量が問われるところだと思います。「うわ!何この寿司?めちゃくちゃ旨いじゃん!涙が出るくらい美味しい!」てな感じで。
>死というものに逃げ込まずに生きることを書く小説がもっと増えないと、
今の時代ほんとそうですね。(昔、早死に憧れていた)私がいうのも変ですが、死への美意識を植えつけるよりも生への活力をメッセージとして発信して欲しいですね。それは「命を大切に」とかそんな平坦な言葉じゃなくて頭ごなしに「生きろ!」と。
でわでわ、おやすみなさい。。。
投稿 SINSEI | 2007年6月15日 (金) 23時52分
Sinseiさん、
やっとアメリカから帰国です。とは言えたったの3泊5日。ああまた怒涛の日々が....。
そうですねえ、何だか死を扱ったものが寧ろ死を軽くしているというか...。例えば昔の「ニューシネマパラダイス」なんかは、確かに不幸はあるんですが、そこが泣かせのツボじゃなかったですよね。
何だか安易な世の中ですねえ。
投稿 ドイツ特派員 | 2007年6月16日 (土) 23時18分