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2008年5月24日 (土)

同意・反論相半ば、「フューチャリスト宣言(梅田望夫・茂木健一郎)」

フューチャリスト宣言 (ちくま新書 656)

まあ、言ってしまえばWeb2.0礼賛と言えば言える本ですね。脳科学者の茂木健一郎とシリコンバレーコンサルタントの梅田望夫の共著となれば、まあ肉体的な部分をそぎ落とした会話になるのは予想できますな。

要は、「今のウェブ時代はまだまだ可能性を秘めていて、これから更なるウェブ時代で未来はもっと良くなる」ということです。そうは書いていないと思いますが、ウェブ自体が一つの脳活動のようなことを考えていて、そこでどう生きるか、という事を考えよという本です。

この本を読んで思い出したのは、何故か「銀河鉄道999」。まあ年がバレバレですが、あの時、星野鉄郎は永遠の身体を手に入れようと旅に出る。ところが、最後の永遠の身体はネジになることだった、という話ですが、何か我々はその中のネジか?と思えるところもあります。事実、本書の中でも二人が、「どうも自分達がビットに換算されている」「グーグルのために動いている気がする」という発言をしていますが、そこに私の連想が行ったのかも知れません。

本書で私が共感できるのが、茂木健一郎が語るSNSへの違和感(というかある種の嫌悪感)。彼はそれを「ヌルい」と言い、「外部の批判に晒されないSNSには共感できない」という旨の発言をしています。彼は言っていませんが、恐らく「SNSというのは従来のクラブ活動をウェブ上に移しただけ」という感覚もあるんじゃないですかね?要はオープンであるウェブ世界には合わず、単に場を利用しているだけ、という点でしょう。

また、「談合体質を崩したい」というところにも激しく同意します。会社でも言われませんか?「上手くやっとけば良いんだよ...」という言葉。これは別に日本に限ったことではなく、実はアメリカでも欧州でもある話ですが、そういう負の再生産は避けようよ、ということですね。

あと、彼らが「大きな誤解も含めて飲み込みたい」ということを言っているのには、私も襟を正したいですね。

ただ、どうしても分からないのは、何故ウェブ世界が発達すると人が幸せになるか、ということ。勉強が学校に留まらなくなる、世界とリアルに繋がる、知っていることに意味が無くなる....。確かにその通りであるけれど、その先にある幸せっていうのは何なんでしょう?

ウェブ2.0というまことしやかな世界が提唱されていて、旧世代(でも、実は新人類だった)の私などには今一歩理解が出来ないのですが、恐らく言いたいのは、「リアルにある肉体が制御する世界」と「ウェブ上にある情報が制御する世界」が共存する時代になる、ということですかね?彼らはまだウェブ上の世界が小さいと思うからこそ、リアルな肉体部分を意識的に押さえ込んで、ウェブ上の世界に意識を割いているんじゃないでしょうか。そうすればリアルな部分でまた別のことが出来るのでは....という思いがあるようですが、ネットの中毒性(これはこの本にも一部言及されている)を考えると、リアルな部分がドンドン減ってくるのははっきりしている。「フェイストゥーフェイスの価値は本当にあるのか?」という発言もありますが、私はやはり「ある」と言い切りますね。表情・しぐさ・目線といった人間の発する情報は馬鹿にしてはいけない。

「インターネットは弱者を救済する手段」で、「全ての人がネット接続の権利を持つようにすべき」という発言は、実は今起こっていることからすれば、随分恵まれた場に居る人間の発言になってしまいます。例えばミャンマーであったり、北朝鮮であったり、ではネットに接続できたとして、今の不幸はどうするのか?ウェブ世界の発達でさあ世界は繋がった、では肉体のリアルな不幸はそれでどこまで救済できるのか?Amazonで米を注文してフィリピンで買えるか?ヤフオクで家を競り落として四川に送れるのか(これは出来るかも)?まだリアルな中で解決するべき問題が山積していて、それは残念ながらウェブ世界では無理なことなのではないか?今のウェブ社会はまだ富の再拡大化に使われているように思います。

あと、「インターネットは人類の言語獲得以来の大変換」という茂木健一郎の言葉、それは言い過ぎ。少なくともインターネットを含んだデジタルコンテンツの特徴って言うのは、「同じものを」「同時に」「大量に」処理することだと思っていて、それは今までの道具が大きくなったに過ぎないんじゃないですかね?

で、

二人とも、もう少し身体は動かした方が良いと思うであります。

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コメント

こんにちは

最後の結論に爆笑してしまいました。
私もネットのおかげでお買い物に行く機会が激減しました。

face to face
私もとても重要だと思っています、ネットで伝えきれないものはたくさんありますよね。

投稿: 240@s | 2008年5月30日 (金) 21時59分

240@sさん、

ここで書かれているFace to Faceの非重要性というのは、実は自分が相手より上位に居る場合なんですね。同等、もしくは下位に居るのであれば、やはり直接対話での確認というのは絶対必要になりますし、そこで別の理解が生まれることもあるわけです。

投稿: ドイツ特派員 | 2008年6月 2日 (月) 23時08分

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