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2009年2月14日 (土)

ホントか?本当か?

韓国から帰国しましたが、何ですか、この気温は?ダッフルコートなんて持ってりゃもう違和感ありありだし、その足で修理したギターを取ってきては汗だくだし....。

家に帰ってから少し散歩していて、途中のコンビニで週刊朝日を立ち読みしていました。実はあの中の「ドン小西のファッションチェック」が結構好きでしてね、今の旬の人たちのファッションをドン小西がこき下ろす、と。ま、彼の場合はちょっと普通と違う視点でしょうから、別に鵜呑みにはしませんが、政治家先生のスーツがいけていないのは良く分かります。大体ゴージラインが低すぎるんですよ。

と言うことではなく、

その週刊朝日をぺらぺらめくっていたら、伊藤忠商事会長の丹羽宇一朗と林真理子の対談がありました。この対談、林真理子の対談相手への気持ち悪いおだてがある意味面白いんですが、今回の話はちと引っ掛かりましてね。

丹羽氏は、「自分が新人に対する面接官だった時には、『酒はどの程度飲みますか?』と『本はどういうのを読みますか』という質問しかしなかった。この二つで大体その人となりはわかる」と言ってます。やはりちゃんと古典などの本を読んで、酒を飲んでいないと駄目だ、と。

んじゃあ何かい、敬虔なモルモン教徒は駄目、ってことかね?新人は古文の点数で選ぶんかい?

いや、分かるんですよ言わんとしている事は。ただね、やっぱりこういう単語に代表してしまうと誤解が生じる。特に商社の場合、「酒」という単語は色々な誤解を生む可能性が高い。私は酒が全然駄目で、商社は駄目だなと思った手合いですから、「ああ、やっぱりね」と思う人も多いと思う。言いたかったのは、本を読むことでの言語能力と思想、酒に代表される人との接触能力をあわせて持っていることが最低必要だ、ということでだろうと推測します。特に読書については、現在の首相への当てこすりもありましょうが、その通りとは思います。が、そう伝わるかな?

むしろ、こういう単語の選び方をしてしまった丹羽氏に、何かこう勘違いを感じるのは私だけでしょうか?世界を相手にしている商社にしてはえらく間違えた言葉選びの事例だと思いますね。

彼が言いたいのであろう能力は、本当に大事だと思うがゆえに、こういう言葉だけで伝わるのは実に勿体無いと思います(実際につり革広告はこの二つの単語で出されているし)。

一つ、古典というのをどこら辺から指すのかは結構議論が分かれるところでしょう。さすがに「論語」やシェイクスピア辺りは古典と言って差し支えないでしょうが、例えばロシア文学のトルストイ辺りはまだ古典と言うには早いのか?「古事記」は古典でしょうが、夏目漱石は古典なのか?どの程度歴史の審判をくぐり抜ければ古典といえるのでしょうかねえ?

実は私は、古典が直ぐに教養に結びつくことには懐疑的なんですよ。何と言うかな、今の古典の読まれ方って、どうしてもビジネスへの連想になっていませんか?そんなちゃちな読み方ではなくて、もう少し太い読み方があってもいいはず。大体ですね、座右の銘を聞かれて「論語」の一節を諳んじるような奴は私は少なくとも信用できないなあ(あと信用できないのは、塩野七生を熱心に読む経営者、何か嫌)。「経営者座右の書」とか言われて、小説関連に私が「これは良いねえ」と思う本が挙げられていた試しがない。誰か船戸与一くらい挙げればお話はしてみたいですね(大きなお世話でしょうが)。ちなみに私の座右の銘は、

「渡る世間に鬼はない」「曇りのち晴れ」

という、教養のかけらも感じられないもの。でも、普通はこんなもんじゃないですか?

ちなみに、さっき挙げた塩野七生、人気がある本のうちの一つが、「ローマから日本が見える」ですが、

絶対に見えるわけねえだろ!

意味無い突っ込みすんません。

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