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2010年1月 9日 (土)

問題は努力の方法ではなく、努力の対象

アホ、というのとはちと違いますが、昨年来よく話に出る「しがみつかない生き方」から端を発した香山リカと勝間和代の論争。一緒に本を出すに至っては「もしかするとマッチポンプか?」とも思いますが。

これをつまみ食いしながら思ったことがあります。

勝間和代に限らず、「努力をすれば上手く行く」と言ったときに、よくよく本を読んだり話を聞いてみると、

努力して上手く行ったことを言っている

だけだ、ということがあります。例えば、勝間和代に、

「じゃあ今から努力してなでしこジャパンに入れるサッカー選手になって下さい」

と宿題を出したらどうか?また、例えば

「この人が公認会計士試験に合格するようコーチして下さい」

とお願いしたらどうか?

(ここで出しているだけだから勝間和代って言っているだけで、これは京セラの稲盛でも伊藤忠の丹羽でも同じです)

これは逆も同じで、じゃあ香山リカに、

「しがみつかずに医者になれたんですか?」

といったらどうか?やっぱりそれ相当の努力はしているはずなんです。

一体何が言いたいのか?

要は、「何かを為す時は、努力の方法の前に、努力の対象が正しいのか良く考えるべきだ」ということです。ここでも書いた通りです。最近、「一万時間やれば誰でも一流になれる」という意見がありますが、ある線まではそうでしょうが、必ずしもそれが当たっているわけでもない。もしかすると音楽やサッカーみたいに能力差があることが好きなのに関連しているかも知れませんが、A君とB君の結果の差が努力の差に比例するか、と言われると、「その場合もあるし、そうでない場合もある」としかいい様がない。「一万時間掛ける」のではなく、「人が一万時間掛けて到達するところを半分でいい対象を見つけ、それに一万時間掛けて人の二倍の成果を出す」事が大前提で、それを言わないから「何でも努力すればよくなる」「いやそうじゃない」という議論の平行線だけで終わってしまうんですね。

何故かビジネスや勉強は、「努力が無いから上手くいかないのだ」というある種の根性論で終わっているのが多い気がするんです。そうじゃなくて、あくまで前提条件としての「正しい能力を活かす選択」が出来ているか、そこに時間を掛けてみてもいいんじゃないですかね?だから逆にいえば、何かが上手く行かなかった時も、「その時の選択が悪かった」と思えば、努力のやり直しよりはずっと健康的だと思います。

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コメント

みんな大なり小なり悩んでるから、また特に女性はプロフェッションと結婚、子育てといったデューティもあってさらに悩み深いので、この手の議論が爆発するんですよね。結論は無いと思います。このお二人の女性だって結局のところは今の自分がベストと思っているはずは無く、どうすればもっとよい自分になれるかをお悩みのはず。

投稿: mikey | 2010年1月 9日 (土) 13時17分

Mikeyさん、今年も宜しくです。

全くその通りで、結局は万人への成功論も失敗論もなく、堕落論も向上論も無いわけですね。ただ、今はみんなお気軽に「●●すれば出来る!」なんていうのに飛び付くわけで、その風潮の方がまずいですね。

投稿: ドイツ特派員 | 2010年1月 9日 (土) 21時58分

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