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2010年5月22日 (土)

働き方雑感:重松清の言葉は大きなヒントかもしれない

唐突ですがね皆さん、「北斗の拳」でのサウザーとケンシロウの最後の言葉、知ってます?

サウザー:「愛や情は悲しみしか生まぬ・・・」
ケンシロウ:「悲しみだけではない、お前はぬくもりも覚えているはずだ…」

いや、日経新聞に出ていた、重松清の言葉からこのことを思い出したんですよ。

大変だけど楽しいこと:重松清インタビュー

これって、今の働き方を考える上で結構重要なことじゃないかなあ?


一つ前の記事 もそうなんですが、最近年取ったせいか、働くということをだらだら考える事が多くなったんですが、その割には、ずっと割り切れなさというか、すっきりしなさが残っていたんですね。例えば「ニートの海外就職日記」にしても、確かに真っ当なことを書いているし、この中で指摘されていることは是正しなきゃいけないことは多いんだけど、何か少し違う。いや、自分はどちらかと言うとこのブログの立場に近いはずなんだけどどうもすっきりしない。以前書いたこの記事で触れている日本板硝子社長の退任にしても、何かすっきりしない。

で、今回この重松清の文章に当たったところで少し分かったことが

仕事は個人の犠牲か?仕事が全て嫌なことなのか?

ということ。

今のワークライフバランスっていうのは、「仕事は仮の姿、真の姿はそれ以外にあり」というところがことさら強調されすぎている気がするんですよ。確かに時間と言う一人に一つしかないところが共有できなければ(家族企業は別にして)、そこが分かれてしまうのは仕方が無い。でも、少なくとも家族を持っていてもいなくても、個人が生活を成り立たせるためには何らかの労働は普通の人間には必要なわけなんですが、そこがことさら「必要悪」として強調されて語られてしまう上に、「悪」の部分が「悪者」まで行っている(社畜という言葉が代表ですかね)部分が引っ掛かっていたんですね。それは、吉越浩一郎の本で書かれていた、「仕事を終えたあとこそが本当の人生」という言葉に感じた違和感と同じ。その極端さにおいては丹羽宇一郎が言っている「仕事でこそ人が磨かれる」というものとあまり変わりない気がする。

確かに仕事ってクソ面白くないところが多いし、それに命を捧げるほどの価値は無いでしょう。ましてやそれを自分でない誰か(「空気」という得体の知れないものも含め)が強要するなんてもってのほか。ですが、本当にクソ面白くない事ばかりなのか?信頼できる同僚と仕事して成果に向けて働くという時には、結構みんな時間関係なくアドレナリンだしているんじゃないかな?で、重松清は、「その部分を伝えるというのは、実は家族にとって大事じゃないのかな?」と言っているわけです。確かにそうだよなあ、「上手く行かなかったけどさ、こいつとの仕事はそりゃ面白かったぜ」というのは確かにある。それは人と会えたというだけじゃなくて、そこに「仕事」という介在があったからなんですね。同じ人とバンドやったらどうだったんだ?遊びならどうだったんだ?と言われれば、恐らくその結果は違う。冒頭のサウザーのセリフも、「辛いばかりじゃなかったでしょ?」という意味で思い出したもの(ていうか、何でよりによってこれを思い出すかな?俺)

もう少し言えば、瞬間に仕事の負荷が大きくなって、家族との時間が持てない時期はあるとして、その時期がどの程度かに拠るものの、そのことだけで家族が直ぐに駄目になる、とすればその家族はどれほど脆いものなのか?繰り返しますが、「だからそんな脆いものは嘘、身を粉にして働け」というのを支持しているわけでは全く無くて、「その働き方は周りも少しは認めてあげようよ」ということなんですよ。日本板硝子の社長交代については、確かに離れて暮らしていたのは当人には不幸なんでしょうけれど、いきなり辞める前にもう少し手立ては無かったのかなあ?と思うところもあるし、「日本の古典的なサラリーマンは、会社第一だが」というのも少し浅すぎる。家庭を考えているから会社で頑張っている人が大半な訳で、それを簡単に切り捨てられるのは異議がある。少し見方を変えれば、彼が言っている「家庭が第一」というのは、相当な負荷を掛けた維持が必要なんじゃないか?だからこそ、その負荷が掛けられなくなったときに簡単に離婚してしまうんじゃないかと思います。どちらかが大変ならどちらかが助けるというのがあって良いと思う。

私は、「日本が地獄で海外がパラダイス」とも思わないし、「日本が良いんだ」とも思わない。であれば、少しでも楽しいことを楽しく色々な人と共有したい。仕事の楽しさも仕事以外の楽しさも、その楽しさに善悪は無いはずですから。日本板硝子の社長だったチェンバース氏だって、そうは言っても日本の仕事で楽しいことはあったはずだし、それはそれで家族に伝えて欲しいな。

何かまとまりがなく、だらだらと書いていますが、別に長時間会社拘束(敢えて労働とは言わない)が良いわけじゃあなくて、少し柔軟に考えてみたいなあ、と思った次第です。

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