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2010年5月11日 (火)

サッカー日本代表から人事の重要性を考えた

決まりましたね、サッカー日本代表。

いや、言いたいことは山ほどあります。何で石川は入らなかったのか?前田はどうすれば代表になるのか?山瀬や田中の突破は必要じゃないか?明神は選んでおくべきではなかったか?名古屋の小川は駄目なのか?

ただ、言いたいのはそこじゃないんですね。

結局、「ちゃんと活躍できるところに活躍できる人を充てられるか?」という一点において、指揮官の人事に対する重要性と責任があるのだということです。

例えば、私が今勤めている経理担当は入社二年ちょいですが、正直なところ全然仕事ができない。私は仕事の接点が全くないのでどうしようもないのですが、横で見ていても酷い。で、確かに酷いのはそうなんですが、じゃあその責任は本質的に誰にあるのか?といえば、

出来ない人間を充てた人事権者

ということなんですね。ですから、その上司の責任は、出来ない人間を充てた職務に足るだけの水準に持っていくことしかできないわけです(今は指名解雇が出来ないための制限を前提として)。やはりどう考えても上手く行かない仕事というのはあるわけで、努力しても無理なところに充ててしまう不幸というのは計り知れません。

今、日本代表の選出について、選手個々に批判が出ています。それ自体はあってしかるべきだと思いますが、一番重い責任は選出した監督であり、だからこそ人事権というのは重いんだと思います。自分が「代表になる」と幾ら言ったところで、人事権者が「代表にする」と言わない限りはなれないわけですよ。逆になる気がなくったって代表になるわけで(こちらは辞退という手はあるが)。

実はこの点はかのドラッカー氏も言及しているんですね。彼はこういっています。

「人事の失敗は動かされたものの責任ではない。動かしたものの責任である」

その点では、当然皆必死でやる前提において、全ては岡田監督より上層の人たちが責任を取るということです。98年のW杯で城彰二に水が掛けられたことがありました。本質的にはその水は岡田監督が掛けられるものなわけです。確かにピッチ上での判断は選手が行ないます。ですが、その「判断が出来る選手」を選定するところも含め、人事権者の責任なんですね。

まあ、こういう御託は置いておいて、もう決まったものは仕方がないし、石川だって山瀬だって田中だって明神だって、4年後にチャンスはある。よくメッシ辺りを出してセルジオ越後なんかが「若い才能が出ているのに日本は・・・」などと言っていますが、じゃあイタリアのバレージやインザキやマルディーニは何歳まで代表だった?ドゥンガやカフーはどうだったの?ドイツのビアホフが初代表になったのは何歳?

大丈夫、ちゃんとパフォーマンスを出せばまだある。待ってるんだからね。


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