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2010年5月13日 (木)

梅棹忠夫から考えた:人間はそんなに変われない

ラブアゲイン症候群?

あるわけねえだろ!!!!

でも斉藤由貴は良いんだけどね…

なんて詰まらんテレビをちょこちょこと見ながら、連休中に読んだ梅棹忠夫を読んで、正直考え込んでしまいました。



当然、凡百の人生論とは全然違うわけですが、何か別のことを考えていました。

この本が出版されたのは1981年、今から30年前で、更にその内容は1970年頃のものを含んでいる本なのですが、その内容は今に使っても全く違和感がないものです。

・今世の中にはびこっている生きがい万能論はおかしいのでないか?
・現在(当時)の若者は閉塞感に苛まれているし、将来が見えてしまっている
・明治生まれの先輩が若者の無気力を嘆いても、状況が違うので仕方が無い
・「ピーターの法則」で言えば、日本はもう無能レベルではないか?
・これだけ来たら人間が生活にブレーキを掛けないと人間が駄目になる
・これからの日本は文化エネルギーがエンジンになる可能性がある

これ、どうですか?「ピーターの法則」なんて、勝間和代が先日の朝日新聞で取り上げていましたが、「もう日本は上がりだ」と言っているわけです。で、彼はそこから「もう生きがいなんてことを持たず、淡々と生きて淡々と死ぬのがいいんじゃないか?」という論になるわけです。

まあその論の是非は別に置いておいて、一つ分かるのは、

今の世の中が物凄く特殊なわけでもない

ということかと思います。いや、この感覚は私自身よく考えていて、それこそ勝間和代などが「今や類を見ないほど若者が閉塞感を感じている時代だ」というんですが、それ自身の程度はあるものの、物凄く特殊でもないんだと思います。この本では、「明治は物凄く野望に溢れた時代だった」と言っていますが、結局同じことなんですね、過去が美化されているのは。例えば明治時代の女工哀史はどうだったのか?太平洋戦争での若者は閉塞感すら感じられなかったのではないか?

あと、もう一つ思ったのは、「改革に特効薬はないんだ」ということ。最近の論でよく感じるんですが、何かあることをするとあっという間に良い方向に行くような意見が多々あると思っています。例えば教育について、確かに今の教育に問題はあります。ありますが、教育をある方向に変えたからといって、世の中全てが劇的に全てが変わるわけじゃない。でも、「日本は教育が駄目だ、だから韓国に勝てないんだ、アメリカや中国やインドに勝てないんだ」というところで単純思想になってしまう。それなら富国強兵・殖産興業と何ら変わらないわけで、もう少し深い議論をしっかりすればいいんだけどそれをせずに、明日明後日の成果(国際的な順位だったり)だけで話をしてしまう。ある意味ダイエットと同じで、「付いた体重の期間だけ掛けて体重を落とす」というのが必要なんだと思います。それすら出来ていないのは問題ですがね。

世の中が即効性ばかりを追い求めている気がするんですよ。例えば少し落ち着いたにしても、去年ブームになった「カツマー現象」にしても、何か「魔法の杖」があるように思ってしまった人もいるんじゃないでしょうか?これをやれば明日から収入が上がる、これをやれば直ぐ幸せになれる…。少なくとも大人が変わるためのエネルギーは相当なものが必要です。

過去を振り返るというのは、「今の状態はどの時点から始まったのか?」「過去に同様なことがあった場合にどうしたのか?」「だからどうするのか?」という事を確認する作業なんでしょう。で、恐らく梅棹忠夫は「で、いっつも人間は失敗してるでしょ?とすれば人間の浅知恵なんてたかが知れているわけですよね」ということを強く意識していると思います。

自分がどうなりたいか、どうしてこうなった(なってしまった)かをもう一度見直したいと思っています。

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