« トンカツ名店に挟まれたところにあえて出撃:熟かつ亭(東京・蒲田) | トップページ | 最近少し嬉しかったことを列記する »

2010年8月 5日 (木)

一番辛かったのは誰なのか、それが大事なんじゃないか?

ちょっと感情的かも知れないですが…

先日大阪で子供の遺棄殺人事件がありました。この件は散々報道されているでしょうから、詳細は省きます。

その事件に関して、遺棄した母親の環境に同情して、「もっと社会整備を」とか「国が関与を」とか「だから少子化が止まらない」などの意見が出ています。代表するとこんな記事です。

誰が何をネグレクト?--Chikirinの日記

私には全然分からない。本当に何が言いたいのかが分からないんですよ。

色んな社会制度や地域制度に問題があるのはそうでしょう。それは分かる。でもね、この事件っていうのは、

無抵抗な子供を守る親が、その無抵抗のまま殺した

ということでしょ?何で「国が守る」とか「地域が守る」とかという話に頼ろうとするのか、さっぱり分からないんですよ。誤解を恐れずに言えば、この親は「アホ」で、あくまで極端な事例である、ということ。だってこれが極端じゃなければ今頃子供がドンドン殺されているわけですよ。

「こんな事が起こるような国では少子化は止まらない」という意見もあるようですが、んなの関係ないんじゃない?何でもかんでも制度のせいにしていたら、真面目に生活している人がバカみたいじゃないですか。大半の人は普通に、真面目にやっているわけでね。格差社会とか言ったって、じゃあ貧乏な人が皆犯罪を犯していることは絶対にない。

よく、「地域で子供の面倒を見なくなった」って言いますが、そんなに昔は地域で見ていたんでしょうかね?今よりよっぽど貧乏だったし、親の共働きなんて当たり前だったし。そんなに昔が良かったわけじゃない。もう少し上の子供だと、「鍵っ子」という言葉がありました。

こんなことを無くすためにはもう厳罰化しかないんじゃないですかね?飲酒運転だってそれで減ってきたわけでしょ?よく、「こういうことを無くすための制度設計を」って言いますが、じゃあ通り魔殺人を無くすための制度設計ってあるんですかね?それと同じだと思ってます。

何だか感情的に書いてますが、何でも理性と道理で話を進めるというのは、違うと思ってしまう。まず亡くなった子供に思いを持つのが順番じゃないのかな?変に「この親のことも同情できる」なんていうのはおかしい。

私は何か間違っているんでしょうか?

|

« トンカツ名店に挟まれたところにあえて出撃:熟かつ亭(東京・蒲田) | トップページ | 最近少し嬉しかったことを列記する »

コメント

こんばんは!
mixiのつぶやきで何か見当ちがいなコメントしてしまいました。。

改めて。
私もちきりんさんのブログ読みました。
あの記事から母親を擁護したようには私は思いませんでした。
特派員さんのおっしゃる通り、この事件の母親のダメさをフォローするつもりはありません。ですが、親となるには不適切な人の下に生まれきた、今生きている子供達を、何とか救えるように考えられないかって話だと思ったんです。

まさに、子供が亡くなってからダメな親だったと気付くのはあまりに子供に対して残酷です。

投稿: あゆみ | 2010年8月 6日 (金) 00時14分

 何か相変わらずアツいですねえ。

 私もこの母親の個人の資質の問題と制度の問題をごっちゃにするのはおかしいと思います。不謹慎なこと書きますけど、この母親が子供を抱えて働くあまり、過労でウツになっちゃって一家心中しようとして失敗して子供だけ死なせちゃった、というなら話は別です。

 だけど、別の方が書いてるように、たまたま駄目な親の元に生まれてきた子供だってだけで人生が終わってしまうのは悲しすぎますね。ただ、それを救うのは国なり自治体なりの「制度」なのかなあ…。この母親に生活保護で10何万円を渡したとして、それでちゃんと立ち直れたとはとても思えない。じゃあ、誰かが母親失格の判定をしたら自動的に子供を引き離すのか…それは幸せなのかなあ…。

 昨今の高齢者行方不明問題といい、この国、本格的にどうしようもなく壊れ始めてるんだなあ、と思いますよ。

投稿: しまうま | 2010年8月 6日 (金) 00時34分

どしても育児ができないなら施設に預ければよかったのに。
そういうことも思いつけず、きちんと育児ができないかったり、社会生活がマトモにおくれない人間(母親)の元に生まれてしまった子供に、もちろん罪はないし
とてもかわいそうだと思いますよ。

が、そういったどうしようもない犯人間(親)の子供が死んでいくというのは、ある意味、バカな遺伝子を残さないという「自然淘汰」な気もするんですよね。
こういう発言はフルボッコにされそうですけど。

今回のは、ただの犯罪。
だから条件が似ているからって不必要に手厚い保護(?)なんて絶対に必要ない!

投稿: ぽんぽん | 2010年8月 6日 (金) 13時07分

ドイツ特派員さん
私も Chikirin 好きなのですが、今回の記事は、まず、おちゃらけてないので、事件の悲惨さとは全く関係なく、ガッカリしました。

内容についても違和感があったのですが、このエントリーで腑に落ちました。

Chikirin は最近、記事が面白くなくなってきてます。ネタ切れな感じです。(書き続けていこうと思っている泡沫プロガーとして、自分の今後を考えさせられます)ちょっと有名になりすぎたのかも。

投稿: ysjournal | 2010年8月 6日 (金) 22時08分

あゆみさん、

仰るご指摘はその通りです。私はその子供が亡くなってしまった原因の親に怒りを覚え、Chikirinの日記では、それが起こった原因を考えた、ということでしょう。

私がわからない、と感じているのは、その怒りの部分があまりに感じられなかったからなんですね。まず始めはそこじゃないの?というのが無かった。

もう一つは、「本当に制度で助かるのか?今回の場合、親の駄目さが制度を超えているんじゃないのか?」と言う点なんです。その点が制度にすり変わっているんじゃないかな?ということの引っ掛かりですね。

ともかく、こんな無防備な子供が不幸に遭うのはもう聞きたくない、その点を全ての出発点にしたいですね。

投稿: ドイツ特派員 | 2010年8月 7日 (土) 16時46分

しまうまさん、

仰っていることがかなり私の思考と近いです。「制度で全て守れるか」という点において、今回の犯罪はそれを超えていたんじゃないか、これが「皆に起こりうること」として問題提起するのは間違っているんじゃないか、という事が私の感想です。

投稿: ドイツ特派員 | 2010年8月 7日 (土) 16時48分

ぽんぽんさん、

仰る通り、まず「犯罪である」というところから始めないと、この問題おかしくなるんじゃないか、と思います。遺伝子云々については正直同意できないんですが、それは意見の相違ということで(「憎まれっ子世に憚る」なんてこともありますし)。

投稿: ドイツ特派員 | 2010年8月 7日 (土) 16時51分

ysjournalさん、休暇中に関わらずコメント有難う御座います。

おちゃらけ云々については、やはりさすがに、という所だったのでしょう。これでそれが出来ればある意味凄いことでしょうが、そこは普通の人だった、ということですね。

他の人でも分析的に状況の悪さや制度の悪さにしている記事があるんですが、私には理解が出来ないんです。何か小ざかしい知識で分かったような振りをしている感じでしょうか。何で、「そんな酷いことが許されるか!」という初期衝動から入れないのかが分からないんです。「この親を責める気にはなれない」という一文を見たときには、もう唖然としてしまいました。その人が「今の日本は駄目だ」などという文章を書いている日には、もう頭がくらくらしてしまいます。

何でも「理解」というフィルターが無いと駄目なのでしょうか?

投稿: ドイツ特派員 | 2010年8月 7日 (土) 16時57分

私、臥竜と申します。皆様アツぅ〜く語っておられるところ、ちっくと横から失礼するがじゃ。

皆さんは、このブログの意見をお読みになった後でも、全く心を動かさずに同じ意見を述べることが果たして可能なのでありましょうや?ぜひ、ご意見聞かせてつかあさい。

http://lilylilylily.jugem.jp/?eid=15263

投稿: 臥竜 | 2010年8月 8日 (日) 20時56分

臥竜さん、問題提起としての紹介、有難う御座います。

確かに今社会で落ちこぼれてしまう人がいるのは確かだし、自分自身も「いつそうなるのか?」と思うことはあります。ただ、「この事件はそんなに万人に起こりうる普遍的な問題か?」と言われれば、違うと思うんです。何故なら大半の子供はこのような死に方はしていないから。幼児虐待の死亡者数は横ばいだし、相談件数はうなぎ登りですが、それは相談がしやすくなったと言う環境整備の証拠でしょう。それを「日本の環境は最悪だ」とか言って方向が変わっているのがどうしても腑に落ちなかったんです。秋葉原の殺傷事件があったじゃないですか?あれでも、「格差社会が起こした事件」と言っている識者(と言われる無責任な連中)がいるわけで、何かそういう反応と似ているんですよ。

もし、子供の問題が金銭的なことであれば、解決は簡単かも知れない。「出産時に適切な収入があること。なければ育児施設に入れるか養子に出す事。その後離婚等で収入基準を満たさなければそこで養護施設等に引き取る」とすれば、相当程度のことは解決できるでしょう。でも、そんなことをこういう特殊なケースで言い出したらキリが無い。

もっと嫌なのは、「私もそうなったかも知れない」という感情移入が起こっていることで、その人たちに言いたいのは、「貴方はそうじゃない。貴方はちゃんとした親なのだ。何故ならギリギリでも育ててるじゃないですか」ということ。「殺してやろうと思う」と「殺す」にはそれこそ天と地の差がある。

今回のエントリーで、「これは難しい問題だよね」という意見が多かったのがどうしても納得できなかったんです。不慮の事故とは違う。確かにどの程度の「ギリギリさ」があったか分からないですが、それを言い出すとみんなギリギリですからね。

彼女個人の犯罪と、社会での問題は、切り離されるべきでは、と思います。後者を考える上で、子供に親の格差が移行されない社会を作ることを考えないといけないと考えています(これを私は「格差の相続」と勝手に言っていますが)。

ちょっと長くなりましたが、どうでしょうか?

投稿: ドイツ特派員 | 2010年8月 8日 (日) 22時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104193/49069326

この記事へのトラックバック一覧です: 一番辛かったのは誰なのか、それが大事なんじゃないか?:

« トンカツ名店に挟まれたところにあえて出撃:熟かつ亭(東京・蒲田) | トップページ | 最近少し嬉しかったことを列記する »