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2010年8月21日 (土)

そんなに日本は悪いのか?(一般化の危険その2)

以前、「一般化が過ぎないか?」という記事を書きましたが、あれから数ヶ月経ち、やはり「本当か?」と思うのが、「日本特殊論」というか、「日本以外礼賛」でも言うべき話。曰く、

・日本は転職しないしそれを悪いことと考えている。アメリカなどはそうではない。
・皆「空気を読む」ことばかりを考えているから、Appleのような会社が出ない。
・アメリカに比べ、資産運用の意識がとてつもなく低い。アメリカ人は皆そのことを考えている。
・家族を大事にしない。他の国では家族が第一だ。

本当にそうなんですかね?

皆さん真面目に見識の高い人ばかりで、私のようなアホはコメントすら書くのが憚られるようなことが多いんですが、やっぱり何か腑に落ちない。例えば転職。

アメリカ人がどんどん転職する、という印象があるかもしれませんが、私が付き合った製造業の連中は、ホワイトカラーでも必ずしもそうではない。同じ会社に20年とか、息子や娘も同じ会社とかごろごろいる。改革企業の旗手という見方もあるGEだって、結局ウェルチもイメルトも生え抜き。Intelの現CEOも生え抜きだし、Fordは言うに及ばず。特に私が製造業と付き合いが多かったからかもしれませんが、部課長クラスでもそんな生え抜きは多いですね。IBMの再建に貢献したパルメジャーノ氏が、「私がIBMに行ったときには外様だった。その感覚は退社するまで払拭されることはなかった」という趣旨のことを「巨象は踊る」に書いていましたが、それだけ企業内の同質性が高かったということでしょう。確かに金融やIT関連での転職や解雇や日常茶飯事だと思うのですが、それだけで「アメリカは~」というのは違うと思う。

Appleにしても、本当にアメリカだったからなのか?Steve Jobsだったからなのか?という部分ではあまり検証されていない気がします。アメリカのある風土を切り取って、そこにAppleで起こったことを当てはめているだけなんでは?と思うこともしばしば。今回のiPhone騒動でも、準備されたプレゼン術には長けていても、当意即妙には必ずしも強くないというJobsの一面が出ているのかな?という思いはあるのですが、あまりその辺は追求されていないというか。いや、空気を読む、ということについての悪い部分は否定しないんですけどね。

資産運用に至っては、下手すりゃ日本人の方が上手いんじゃないか?という気もする今日この頃。一時もてはやされた401k、どこに行ってしまったんでしょうか?大前研一がよくこのことを話していて、「もっと資産運用を勉強しないと駄目だ」と言っていましたが、絶対に増える資産運用なんてあるわけもないことが今回分かったわけですよ。

家族については、あの離婚の多さはどう考えるんですか?ということに全く触れず、上手くいっている人だけを取り上げればそりゃ何でも言えるわな、ということ。以前コメントで頂いた、「愛がなくなればそれで終わり」のアメリカ的な部分は、本当に家族を大事にしていると言えるのか?単身赴任しても家族が成り立っている方が家族愛は強い、とは言えないのか?そういうと、「欧米ではとっくに離婚している夫婦が日本では夫婦をやっている。おかしい」なんて言う人もいますが、欧米の基準が絶対でもないでしょう。ちなみに、欧と米はかなり基準や思想は違うと思いますが、それをごっちゃにしている人も多い。欧と米の距離と、欧と日の距離だと、意外に後者の方が近いんじゃないかと思うこともあります。

何だろうな、こういう論で思うのは、「日本は駄目」を言いたいがために論を立てているんだと思ってます。この論って、「外国人排斥!」と全ての外国人を悪し様に言い立てる連中と、その極端さにおいて余り変わらないんじゃないかな?

私は今の日本が良いとは思わないですし、直すべき所は多々あると思いますが、ただ、一億を超える国民が最低限の生活を送れる国家である、ということはもう少し冷静な評価をしていいんじゃないかと思うんですよ。でないと、いいところも悪いところも全て切り捨てられる気がする。あまり「日本だけが、日本人だけが」と思わない方が良いじゃないでしょうかね?同じように、「だから日本も悪くないよね」と、今のあり方を全肯定するのもおかしい。まさに是々非々で行くべきなんじゃないでしょうか。ある種の「確率」はあると思うんですが、「全部」「必ず」という単語にはかなり気をつけておく必要があると思います。

ここからはくだらない話です。

実は15年くらい前からこんなことを考えています。で、きっかけになったのはドイツ在住時代でして、時はドイツの総選挙時期。町には選挙ポスターが貼られていた訳ですが、それを何となく眺めていて、吹き出しちゃったんですね。

やっぱりイタズラ書きでは、鼻毛を書くんだ

これを発見したときに、「何だ、どの国の連中もそんなにやることは変わらないんだな」と思った次第。いや、大の大人がやったんじゃないにしても、結局人間の根本って、そんなに変わらないんだな、と吹っ切れました。

ま、そんな程度の思想なんですがね。

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コメント

表現の問題なんだろな、と。
転職:年功序列による実力発揮が難しかったため転職することで…ってのがあっただろうから、今はかなり実力主義的になって改正されてきている。が、欧米論で言えばそれはそれで問題だろ?ってのもあって実力一辺倒でもない。経営者なら別だけどサラリーマンでは。
Appleみたいな会社:これは難しいわ(笑)。
資産運用:カネカネに縛られていない日本人的美意識の結果と思いたいし、それは良い事だから大切にしたいな。ただこれだけの夫妻を抱えた国が成り立っているのは運用が上手いからとも云える。まぁ、かしこさでカバーしてるから多分一般でもその賢さ持ってるし、必死に考える必要もないのが文化の違いか。極論アメリカなんぞは低層レベルが目の前にいるからそうはなりたくないという恐怖があるんだろうな、と。
家族:外人の方が口先だけじゃない?なんてのもある(笑)。ここは日本人だから大事にしない、のではなくて表現の違いと伴侶の問題だろうなぁ、と。

などと長文でした〜。
文化論は気にしても変わらないし治らないし理解もできないからあまりタッチしない領域にしてますね。結局日本人は日本人でしょ♪外国行けば行くほどそう思うんじゃないかな、なんて思ってみたりします。

投稿: フレ | 2010年8月21日 (土) 13時37分

フレさん、

確かにね、文化論って言い出したってテメエが文化を変えられるわけでも相手を変えられるわけでもないんで、不毛っちゃあ不毛ですね。外国に行くと日本を強く意識するようになるのは確かですねえ。

もしAppleみたいな会社がどかどか出てきたら、それは既に革新的じゃないでしょうね(笑)。あんな先端だけ切り取って語るなんて、「Sister Christian」だけでNight Ranger語るようなもんでしょ?とロックネタで締めてみたりして。

投稿: ドイツ特派員 | 2010年8月21日 (土) 21時10分

上手い!>Night Ranger

投稿: フレ | 2010年8月21日 (土) 21時50分

 またまた固いこと考えてますねえ…。あ、メタルヘッドだからいいのか(笑)。

 ちょっと話がズレるかもしれませんけど、私の勤め先、最近は忘年会とか部員全員で行く旅行とか、やらないんですよ。私が新人の頃は半ば嫌々ながらでもやってましたから、なくなったのはここ10年かそこらかなあ。
 歓迎会とか送別会はかろうじてやりますけど、それもまあ、そのセクションのトップのタイプ次第。ちなみに、東京に転勤してきてから、私がいまいる部は私の歓迎会をやろう、という声は聞いたことがありません(嫌われてるだけだったりして…)。

 何が言いたいかというと、日本では古臭いものとして片付けられてきたスタイルにもそれなりにいい部分もあったのではないかなあ、ということです。私の勤め先はまだ極端な成果主義の人事は行われてませんけど、それでも目上の人間に対する若者の態度って、ずいぶん変わりました。
 年功序列も家族主義的経営も労組の存在も、古臭いものだからってどんどん捨てちゃいましたけど、いったん捨てたら、もう取り戻すことはできない。
 グローバル化の名目で、どっかの自動車メーカーの外国人の最高経営者はコストカットとリストラで利益を出しただけなのに、今までの日本の経営者の感覚ではちょっと考えられない報酬を取って、それが正しいことになっちゃいましたよね(私はあのメーカーのクルマには一生、絶対に乗らないと決めました)。
 社内の公用語を英語にするとか、野村證券が初任給が60万円の新人社員を作ったとか、外国人の社長に何億円の報酬を払うとか、そんなことマネしないと世界と競争できないほど日本の社会や企業って駄目だったの? って思います。

投稿: しまうま | 2010年8月22日 (日) 01時53分

フレさん、

分かっていただけると思っておりました!

投稿: ドイツ特派員 | 2010年8月22日 (日) 14時08分

しまうまさん、

メタルヘッドは頭が固いんで、こんなことを考えないとすぐアルツが襲ってきそうです(涙)。

私、実は社員旅行だの慰労会だのが大嫌いで、今をさかのぼること20ん年前から全拒否だったんですね。だから、こんな記事書いていながら、周りからは「日本のサラリーマンからは逸脱した奴」というレッテルを貼られ続けています。別の集まりでは、「あれ?会社員でした?てっきりフリーの仕事だと思ってました」とまで言われる私って、という状態。

以前ある勉強会でコンサルタントに文句言っちゃったんですが、問題となっている組織なりやり方というのは、何らかの理由があってある時までは最適化としての選択をされていたはずなんです。その外国人経営者が、「日本では多いかもしれないが海外では当たり前の報酬」と言ったわけですが、じゃあその「当たり前」が正しいのか、何故日本が「当たり前でない」選択をしているのか、そこが余りにも蔑ろにされているんですね。

ただ、変化への対応をしないと駄目なのも事実で、そこを無批判に「もう海外がこうだから」という理由だけでないやり方を模索したいな、と思ってるんですね。

投稿: ドイツ特派員 | 2010年8月22日 (日) 14時14分

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