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2010年9月20日 (月)

日本的経営の行き詰まり?:「経営を見る眼」から

どうも最近読書の速度が上がりません。いや、原因はわかってるんですが、ま、それも恋なんで仕方ないwww(これ書いている間もFuki様が歌うLight BringerのDVD掛けてながら腹筋マシン巻いてますからね、アホだなほんとに)。

で、ぱらぱらとこんな本をめくっていました。

ま、経営についてのエッセイです。

ということでこの伊丹敬之教授、その昔日本の石油化学業界の後進性についての本がありましたが、内容は全然覚えていません。ただ名前だけは覚えていたので、たまには軽い本もいいかな?と思い購入しましたが、立ち読みでも良かったかな?と思う短さです。というか、勘が良い人なら目次だけで内容がわかるんじゃないかな?

で、ちょっと私なりの興味を引いたのは、第一部第三章の「雇用関係を断つとき」という部分。彼は、現在よく議論される日本の固定的な雇用関係を、「それなりに利益のある制度」と捉えて維持すべきだ、と説明しています。特に流動的な労働市場については、以下の理由をあげて批判しています。
1.流動性には「求める流動性」と「させられる流動性」があり、後者になることを恐れてびくびくした労働環境になる危険がある
2.流動性が高まると、個人に知識の蓄積ができなくなるのではないか
3.会社として安定した組織が組めないのはカネ以上の働きの意欲がなくなる
4.「させられる流動性」の対象になる社員の自衛に対する費用が増大する

更に、セーフティーネットとしては企業が雇用を守るということを対策にしたほうが政府単位より効率がいいのでは、としています。その上で、どうしても雇用関係を断ち切る必要が出た場合は、充分な補償と切る側の責任明示を行ない、小出しのリストラを避けるべき、としています。「結局、流動化の議論が進展しなかったのは、メリットよりデメリットのほうが大きいという判断があったのだろう」というのも結果としてはそういう部分はあったんだと思います。

まあこの辺りはある種の日本的経営礼賛とも取れます。確かに今まで成功してきたモデルなんだと思いますし、私自身今ある「解雇規定の緩和」について、それでどう幸せになるのかがよくわかっていないところがあります。

ただ、逆に今の日本以外の伸びている国での雇用がこれほど硬直的ではないのはどう捕らえればいいのでしょうか?彼らにはノウハウの蓄積はないのか?会社としての忠誠はないのか?流動性が個人の資質をあげ、ひいては全体の競争力を上げているんではないか?

また、「カネ以上の働き」云々については、むしろ今の正社員が「カネ以下の働きで貰いすぎている」ということに問題があるんじゃないか?と思っています。これについては、給料は何に対して払われているのか?というところとの絡みがあるのですが、アウトプットがインプットに対して少ない、ということが言えないでしょうか?

ここで述べられていることは、確かに古き良き日本の経営として桃源郷のようなところはあるし、私も全否定はしません。が、非常に残念ながらそれではやっていけない企業が多く出ているのではないか、と思います。その結果が結局のところ延命だけの正に「小出しのリストラ」になっているのではなかろうか、と。

一度解雇規定の大幅緩和を打ち出せば面白いと思います。例えば組合はどうするか?左翼系政党はどういうか?今まで賛成派だった人たちは、そこであぶれた中高年をどう保護するのか?反対派だった人たちは若年層の雇用増を否定するのか?私自身はどうするのか?「求める流動性」対象になるのか、「させられる流動性」対象になるのか?

自分のことを考えることになりそうです。要は、「お前はどうするの?」ということを考えたときに、「もっと守ってください」というのか、「いいよ、自分で何とかするよ」というのか、という選択。どちらの言い分も私はわかるつもりですが、自分は自分で何とかしたいし、まあ何とかなるかな?というほのかな自信もなくはない(何か逃げてるなあ)。

まだまだ纏まらないことではあるのですが、もう少し追求したいと思っています。

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