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2011年4月 6日 (水)

人は何か起こらないと動けない

さて、地震からほぼ一ヶ月が経過しましたが、これから更に色々な影響が出てくるだろうと思うのは工業製品の世界。先日もある自動車関係の会社の方と話していたのですが、とにかく何らの計画も立てることが出来ない製品が多いのでどうしようもない、とか、部品が入らないので休みを増やした、という話が多く出てきました。

あまり詳しくは話せないのですが、その時に出たのが「とにかく我が社仕様になっているものばかりなんで代替が利かない」という話。まあ多かれ少なかれ同様の対応はやっているんでしょうが、それにしても多い。実際には汎用というのがない製品も多くあるのは事実なんですが、それでもその「我が社仕様」ということで生産が行き詰っている話がここにきて出てき始めています。

部品にしても仕様にしても、非常に細かくすり合わせをして新しいものを作ってきたのですが、ここに来て「急すれば通ず」ということで、結構そこまですり合わせなくても使えるんじゃない?みたいな物が出てくると想像しています。元々そういう汎用化というのは会社にとって都合の良いことのはずなんですが、やはり本当に困った状況にならないと人は動かないんですね(このことは私がよくお邪魔するysjournalさんのブログでも私のコメントに対して言及されていました)。

同じことは原発もそうかな?と思います。ここに来て「やっぱり原発は止めよう」という意見が増えているようです。が、言ってしまえば今回のような放射性物質の流出による様々なリスク・不安はわかっていたことです。それは広瀬隆の「東京に原発を!」を出した1981年に指摘されていたこと(彼はその後ユダヤ陰謀説に嵌ってしまい、その著作への信頼性が著しく低下したのが残念ですが)。急に再生エネルギーと言ったって、相当な時間が掛かるわけで、これも、「やっぱり起きてしまわないと判らないことが多いな」と思います。ちなみに原発事故の問題は、時間(将来への汚染)と場所(流出物質の拡大)という面で、他の事故とは違うというのが大きいと思いますね。今回だって考え方によっては「あの地震では直接の原子炉破壊は起きなかった」という言い方も出来るわけで。ちなみにさっき読んでいた地球物理学者の松井孝典氏の著作の中で、スマトラ沖地震に触れていて、「マグニチュード9などという地震は人類の時間スケールでも殆ど起きることがないもの」と書いていましたが、それがこの5年に2回も起きているということは、それが人類スケールで稀有なことなのか、その見立てが間違っているのか、地球が変わってきているのか?

こういう人的被害がないと変われない、というのは私も含めて人間の情けないところなのでしょうが、こんなビジネスの小さいところから含めてもっとよく変わらなきゃな、とぼーっと思っています。

という雑感です。

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