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2012年3月23日 (金)

共感だけでは駄目だと思う

最近Twitterをやっていると、ある話題に対して物凄く同意・共感の反応が出るんですね。例えば、「日本は本当は貧困だ」なんて話になると、

物凄く同意

とか

日本で生活することを考えてしまう

とか。

ねえ、本当ですかね、それ?

というか、それが本当かどうか、よく自分で考えて自分の行動を変えようとしてますか?ということで。昔、大前研一が言っていたんですが、

「みんな私の話を聞くと『目から鱗が落ちた』というが、多分その場で終わって何も変わらない。変えるためには行動する必要があるが、それに対して動いていないから何も変わらない」

という趣旨のことを言っていましたが、それと同じ事を感じるんですよ。同様なことですが、以前「海外ニート」というブログがあって、そこは日本的な社畜批判を展開していたところでしたが、そこのコメント欄が

「私も正に同じように考えてました」
「これから私もそうしたいと思います」
「貴方のような人が増えないと日本は駄目です」

とか書かれていて、ちょっとでも違う意見を言おうものなら袋叩きにしている、という構図だったんですね。何かそれって方向が違うだけで、社畜というのと何が違うんだ?と。多分この人たちは、数年後もぶちくち言って何も代わってないんだろうなあ、と想像してしまうわけで。

確かに日本は残業が多い、しかもそれは必要な残業じゃなくて、「みんなが残っているから」というだけということもある。だったら、意地でも帰るとか、残業を避けるようにするとかやってみたら良いのに、と思う。「世の中が悪いからなあ」で終わったのなら自分が認めたも同じだって。

言っておくと、色々と必死になって仕事している人を「効率が悪い」だの「日本的」と批判するのはちょっと許せない。みんな夫々に事情を持っている。家族が大事じゃないんじゃなくて、その家族を養うと思えばこそ働いている人が大半だと思うし。ここでもある「日本は」「日本人は」という切り方はどうにも本質じゃないと思うんですよ。

もうちょっと言えば、私はそれでも日本が本当はそんなに不幸な国で貧困な国だとはとても思えない。中国行ってみて、インド行ってみて、そりゃスラムみたいなところ行けば凄いですよ。「貧乏な国の子供は目が輝いている」って?冗談じゃない、あれだけ不潔で教育も受けられないところは正に不幸で貧困だって。

なんかね、ちょっと耳に心地いい話が聞えてきたら「そうそう、私もそうなんだよ」って同調するのって本当に寂しい話でね。本当に自分をどうにかしたいときは人の話なんて反応している場合じゃないんですよ。結婚でも転職でも転居でも何でも、自分で考えて自分で決めるしかない。

だから、そんなところで変に同調して満足するくらいなら、「自分はこうする」と行動で変えなきゃ。残業止めるなんてことすら出来ないのに、自立して一人で生計立てるなんて土台無理ですよ。

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