« テクニカルな衝動と楽しさ:Mahatmaライブ@渋谷Deseo | トップページ | 自然体の個性:「Time is」(Mahatma) »

2012年6月 3日 (日)

思いが届く、ということ

このブログを初めてもう7年ほどになるわけですが、何でこれを始めたのかな?と最近思うことがあります。で、かっこよく言うと、自分を公衆にさらして鍛えたい、ということがあったんです。そこで非難されたり間違いを指摘されたりすることでさらに勉強する、とか、他のブログとのリンクや新しく知り合った方々から得るものがあったり、とか。

でも、それだけじゃなく、功名心というか、影響を与えたい、人を動かしたい、という思いがどこかにあったこともこれは事実です。「貴方のブログで人生が変わった」とまで言われなくても、「ちょっと気になったんだよね」ぐらいでも良かったわけで。

ただ、前者は割と早く実感できたんですが、後者はずっと実感はありませんでした。

そりゃそうですよね、私みたいな凡人がぐだぐだ何かを書いても、誰かが「アホか?こいつ」と思うことはあっても、「すげー、こいつ」とはならない。私の周りで実際に知り合っている人たちのブログなどを見ても、「そりゃ俺には無理」という感情ばかりでした。もとより結構イジケ方面の気質があるので、特に優秀な方で、しかも何故かお知り合いになれた方が例えば本を出した、日々忙しく活躍している、意見として取り上げられている、ということを知るたびに、

こんな泡沫ブログ、意味無いよなあ

とずっと思っていました(正直払拭されているわけじゃない)。例えば、この方のブログ記事から考えれば、こんなブログはサッサと止めて仕事しろバカ!ということなわけで。いや、この記事を揶揄することじゃなくて、本当にそう考えてたんです、「その通りだよな」って。ギターも私が弾いても意味がないから本当に止めようと思ったし、段々そう削っていくと、「俺って本当に何も貢献しない意味の無い人間だよなあ」という身も蓋も無い、しかし相当当たっているところに行き当たっていくわけで。出来る人というのは集中することで成果をあげて、次の集中の対象に移動できる、でも私がそうですけど、集中してモノにできず、時間が浪費されて何も役に立たない時間だけが蓄積する、というのが結構多いんじゃないかと。そうして、「なんであれを止めたんだろう」という後悔がドンドン大きくなる。だから、「集中と選択」をしたら最後、自分の気持ちが後ろに行かないように失敗は許されないんじゃないか、と思うんですよ。

(ちなみにこの「無駄な作業感」って、ブログ始めても辞めてしまう人のかなり多くの共通項じゃないかな、と思うんですよ。Byteの無駄遣い、時間の浪費。何やったって「今日は食事が美味しかったです♪」を書き連ねるのも辛いわけですよ)

そんなこんなで悶々としていたここ数年(という浪費w)なんですが、先日、ブログを通じて知り合った社会人の方と話していて言われた衝撃の言葉がありました。

「貴方のブログで今まで諦めようとしていたことをもう一度やり始めることにした」
「貴方は私と全然知らない仲だけど、そんなこと関係なく、友人のように思えた」

本当に、本当に、本当に涙が出るほど嬉しかった。というか、ほんの少しだけど泣いた。嬉しくて泣いた。

何だろう、ある思いが通じたというか、劇的ではないかも知れないけど、人の人生にいい影響を与えることができたある種の高揚感というか。続けていると、こんなことに出会うことが出来るんだ、と。その社会人の方がそんな風に思ってくれたこと、それが私が受けた最大のご褒美だと思う。

これからも、どう考えたってこれまで何も為していない初老のおっさんが、多くの人に影響を与える立場に立てるとは自分で思えない。そうありたい、という気持ちはどこかにあって、だからこそ本を出版したり、アルファブロガーのように皆から尊敬されたり、CDを出したりする人に羨望と嫉妬をする自分がいて、その小ささに嫌気がさす自分も同時にいます。でも、そうではなくて、自分なりの信念だったり主義だったりを人を貶めたり比較したりせずに続ける、これでもし数人、いや一人でも、いやもしかしたら自分だけでも多少とも変えることができたら、まあこうやって続けているブログにしても無駄にはならないんじゃないか、と心底思えました。

まだまだ、まだまだ枯れるワケには行かないんですよ。

|

« テクニカルな衝動と楽しさ:Mahatmaライブ@渋谷Deseo | トップページ | 自然体の個性:「Time is」(Mahatma) »

コメント

特派員さんは「すげー、こいつ」ですよ。

このブログから得たことを具体的に挙げてもいいですが、もしそんな事をしたら余りにも長過ぎて、このコメント欄は爆発してしまうでしょう(ディマオ閣下的に/笑)。

きっかけをいただいた一人として、このブログが無くなったらどんなに残念に思うか、そして今一度感謝を伝えさせていただきます。

投稿: ヒゲ・スカイウォーカー | 2012年6月 3日 (日) 10時46分

ヒゲ・スカイウォーカーさん、

そういう気持ちを持って頂くだけで本当に感無量です。私自身、ここが主戦場である、という思いは変わりません。もっと色んなことを伝えたい、書きたい、という思いで進んでいきたいと思います。

投稿: ドイツ特派員 | 2012年6月 3日 (日) 21時56分

「思いは届いてるよー」

少なくとも私は、ドイツさんのブログやコメントに、何度も救われましたよ。
そもそも「この方とお付き合いしたい」とアプローチしたきっかけも、ドイツさんがブログで繰り広げておられる”ドイツ@ワールド”が、とても魅力的だったからだし。(思い起こせば、それは映画「アンヴィル~夢を諦めきれない男たち」のアツい感想でした)

”There's no use trying,” he said.
”Oh,NO! Living is not breathing. It's taking actions.”

これからもエネルギッシュな行動力とアツい理論を思う存分語ってください(あれ?何か吉田松陰みたい…)

(因みにこんな駄コメに、お返事は結構ですから@テヘペロ)

投稿: トネリコ | 2012年6月 4日 (月) 03時07分

トネリコさん、返事しないなんてありえません、大事なお客様です。

そういうお気持ちで居ていただけるのが本当にありがたいです。自分がそういう気持ちを持ち続けられるか、本当に考え続けたいと思います。

投稿: ドイツ特派員 | 2012年6月 6日 (水) 23時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104193/54860862

この記事へのトラックバック一覧です: 思いが届く、ということ:

« テクニカルな衝動と楽しさ:Mahatmaライブ@渋谷Deseo | トップページ | 自然体の個性:「Time is」(Mahatma) »