« ブログの癖、のようなもの | トップページ | 日本製造業の復活へ »

2013年1月15日 (火)

「全て自分である」ということ

なんて気張ってますが、大したことじゃないんですがねw。

まあもう年齢も年齢で、余命を数えたほうが今までの人生より長いだろうという時期になってくると、色んな昔は考えなかったことを考えますなあ。柄にもなく、「美学」みたいなものを全うしたいな、という。

そうすると、自分の行動も色んな事を考えるんですよ。

これからの晩年に向かう自分が恥ずかしくないようにするには、

「全てのことは自分が原因だ」

ということを徹底することかな、と思うんですよ。特に悪いことに関してはそう取り扱おう、と。

今でこそそれなりに温厚だと思われている私ですが、それこそ20年くらい前はいつでもカッカ来ててたんですよね。空港で理不尽な対応されてカウンターガンガン蹴ったり、支払いをしない客に電話して、「お前、表現に気をつけろ、ボケ」と(英語だけど)脅したり、日本の客先と喧嘩して「分かった、明日から原料とめてやる!」と言って本当に注文勝手に消去したり。

でもよくよく考えると、そうなった原因が自分に全くないか、と言われれば言い切れない自分も居るわけです。もっと言えば、そうやって怒ることで事態が好転したかどうか。怒るとか、転嫁するのは結局自分の為だったんじゃないか、というね。

会社でも、「それは俺のせいか?」と思うことはやはりあります。でも、そこで飲み込んで「悪かったとすれば何だ?」を考えたいと思うんですよ。誰かのせいにするのは出来なくはない、でもそれはとても居心地の悪いものだと思うんで。

不利は自分に、有利は他人に

うーん、できるかなあ?とは思いますが、常にそれを求めたいとは思います。

|

« ブログの癖、のようなもの | トップページ | 日本製造業の復活へ »

コメント

Twitterから来ました。shigeです。

お久しぶりです。
確かに うーんと唸らせる文章です。
以前、職場でとある症状になり
会社に行くのが。。。。となってしまいました。
でも、頑張り行ってましたが

これではいけないと、自分から働きかけ
職場も転属し十二分に能力を発揮出来る
環境で頑張ってます。
全ては、自分。。周りの人間関係の悪化も自分
そうでした。
自分が原因だった この言葉身に沁みます。

乱文ですみませんでした。

投稿: shige | 2013年1月15日 (火) 22時50分

shigeさん、過分な言葉、本当に有難うございます。

自分を無理に追い込むことは良くないと思うんです。でも、人のせいにするというのは無限に出来てしまうわけで、それを止めたいという弱さの現われでしょうか(苦笑)。そうできているわけではなく、そうしたいということですね。

健康は第一ですから、無理せず何とか生き抜きましょう。

投稿: ドイツ特派員 | 2013年1月16日 (水) 20時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104193/56549427

この記事へのトラックバック一覧です: 「全て自分である」ということ:

« ブログの癖、のようなもの | トップページ | 日本製造業の復活へ »